予想外の場所から
翌日。
新聞に『世界で一番美しい遺体』こと、あの女性の似顔絵が掲載されると、その反響はすごいものだった。
シュヴァルツ警備隊には、多くの領民が詰めかけた。寄せられた声は、彼女に似た人物を見かけた――というもの。その情報は地図上に記録され、最終的にいくつかの地点に情報が集約されていく。それを確認するが、身元判明にはつながらなかった。
一方で行方不明の届け出に、彼女と合致するような人物は浮上しない。さらに彼女を愛する男性がいるはずなのに。その男性が声を挙げることもなかった。
「名乗りを挙げない理由、それはいくつか考えられる。新聞を見ていない。そういう可能性も踏まえ、領内の掲示板にも当該記事を貼るようにした」
ジークフリードによると、領内には国の通達などを掲示する掲示板が、町や村に設置されていた。そこにあの『世界で一番美しい遺体』の女性の似顔絵も掲出されたのだ。
「これで名乗りをあげないとなると……彼女を愛したのは観光客か。旅先で出会い、熱烈な恋をした。でもお互い事情があり、一夜限りの情事で終わった。そんな可能性だ」
もしそんな関係の二人なら。その男性は彼女が『世界で一番美しい遺体』になったことなど知らないまま、旅を続けているかもしれない。
「だがこれだけ領内で『世界で一番美しい遺体』の女性の似顔絵が出回っている。領地以外の周辺の村や町でも、既に噂になっているはずだ。そこで声が挙がってくれれば――」
ジークフリードがそう言ったまさに二日後。動きが起きた。それは予想外の場所から。
ルビウス・サン・バルト公爵。
現国王のいとこであり、赤毛でルビー色の瞳をしており、御年五十七歳。二十歳で結婚し、シュヴァルツ辺境伯領の隣のバルトの地を領地として与えられている。バルトは肥沃な大地を有しており、小麦の生産が盛ん。田舎ではあるが、富豪が多い土地だった。
バルト公爵は愛妻家として知られ、妻と仲睦まじく暮らしており、王都に足を運ぶことは、あまりなかった。だが七年前に妻を病で亡くして以降、社交シーズンになると、バルト公爵は王都のタウンハウスに息子夫婦と滞在するようになった。そこで知り合った古美術商の女性がいる。彼女の名は、カタリーナ・ディ・ブラガンザ。
カタリーナの両親は海運業で財を成した富豪だった。そしてカタリーナはブラガンザ家の長女。十八歳の時、古美術商を営む七歳年上の男性と結婚している。だが彼は結婚から三年後、馬車の事故で死亡。カタリーナは彼が営んでいた古美術商を継ぐことになった。
カタリーナは明るく社交的な性格であり、色っぽい女性。黒髪に黒い瞳の垂れ目で、厚みのあるぽっちゃりした唇をしており、胸は大きく、スタイルもいい。彼女がオーナーになった古美術商店は、あっという間に顧客の心を掴み、カタリーナ古美術商会へと発展した。
王都で顔が広いカタリーナのおかげで、バルト公爵も様々な人脈が広がり、彼女には感謝していたという。今年も社交界シーズンに入るとバルト公爵は王都へ向かい、カタリーナと顔を合わせていた。
だがバルト公爵は気管支系で持病があり、どうも調子がよくなかった。そこで息子夫婦は王都に残っているが、バルト公爵自身は春には領地へ戻っていた。そしてカタリーナとは、手紙のやりとりを続けている。その手紙のやりとりで分かったことを、バルト公爵はこんな風に伝えている。
『カタリーナは年下の素敵な坊やといい関係になったようだ。今年の夏は避暑を兼ね、その坊やを連れ、フロストピークを訪問すると、手紙で教えてくれた。カタリーナは古美術商をやっている。ゆえにシュヴァルツ博物館は、特に彼女の興味を掻き立てたようだ。博物館には、シュヴァルツ辺境伯家に代々伝わる宝物が沢山展示されている。特に“アズライトの輝き”という首飾りは有名だから、ぜひ見たいと手紙に書かれていた』
バルト公爵から、ジークフリード宛に届いた手紙。そこにはカタリーナがフロストピークにいることを示す情報が、書かれていた。さらに。
『ワタシの領地とシュヴァルツ辺境伯領は、隣同士。領民の行き来は頻繁に行われている。そこで耳にすることになった。「世界で一番美しい遺体」の女性の話を。遺体が発見された時の状況。花の積まれた小舟に横たわる美しい女性の遺体なんて、聞いたことがない。とても興味深く思っていたところ、そちらで発行されている新聞を手に入れた。そこでその女性の似顔絵を見た時、カタリーナに似ていると思った』
由緒正しい公爵が、しかも現国王陛下のいとこが、『世界で一番美しい遺体』の正体は、カタリーナではないかと言っている。しかも決定打となる一言も、記載されていた。
『ただその似顔絵は、目が閉じられていた。瞳の色について、記事でも触れられていない。もしかすると人物特定の手段として、敢えて瞳の色を、公表していないのではと思った。カタリーナは黒い瞳をしている。「世界で一番美しい遺体」の女性の瞳が黒であれば、それはカタリーナである可能性が高い。彼女は現在三十七歳。もし身元確認が必要であるならば、ワタシはシュヴァルツ辺境伯の所へ足を運ぼう』
手紙には、さらに核心をつく言葉が続く。
『死因も書かれていないが、誰かに殺害されたのであれば、一体誰がそんなひどいことをするのか。犯人の情報も気になる。明るく社交的で、人気者の彼女を恨むような人間が、果たしているのか……。それも大いに気になった。そうそう。最後に思い出したことがある。カタリーナが可愛がっていた坊やの名前は、確かフェデリコ。歳は二十歳だったと思う』
手紙に書かれている通りだった。
『世界で一番美しい遺体』の女性の似顔絵は、遺体を忠実に再現していた。その結果、瞳は閉じられ、その色は分からないようになっている。そして敢えて瞳の色を公表しなかったのは、沢山寄せられるであろう情報の真偽を、測るためであった。
「瞳の色の件もそうだが、観光客の可能性が浮上し、そことも条件が合致する。ただ、フェデリコという坊やは、カタリーナと一緒にここ、フロストピークの街へ来ているはずだ。そしてカタリーナは、フェデリコの前から失踪しているのに、なぜ探していないのか。行方不明として、シュヴァルツ警備隊に申し出てもいいのに、それをしていない」
ジークフリードが気にしたフェデリコが、思いがけないところに登場する。それは彼の側近であるサルビアにより、もたらされた。
「フロストピークの街はずれにある質屋に、“アズライトの輝き”を入れた宝石箱が、持ち込まれました。質入れを希望したのは、フェデリコ・デ・サヴォイア、現在二十一歳。金髪の癖毛に碧眼の瞳で、ミルクのような肌。少年のようにほっそりしており、王都からこちらへ来たと言っています。金が底をつき、滞在していたホテルを追い出されそうになり、金を工面するため、その宝石箱を売ろうとしたと、言っているようです」















