犯人像
“アズライトの輝き”の件が、新聞に載ることはない。その一方で『世界で一番美しい遺体』については、この日の夜の新聞に掲載されることになった。これで彼女の夫なり、恋人なりが名乗り出てくれれば、身元が判明、なぜ『世界で一番美しい遺体』になってしまったのか。その理由も解明するかもしれなかった。
そしてこの日、荷馬車が放置されていた森で捜索を行い、判明したこともいくつかある。
まず森の中の道には、何かを引きずったような痕が残されていた。そこから推定すると、丈夫な麻布に遺体を入れ、引きずったと考えられる。そしてその引きずった痕は、水車小屋の近くまで続いていた。その水車小屋の入口の扉は、内側からかける閂があったが、それはとうの昔に破壊されている。中には簡単に入れる状態だったのだ。
さらに小屋の中で立てかけられていた小舟が、運び出されたと分かる状態になっていた。そこだけ埃がなく、蜘蛛の巣が破壊されていた場所があったのだ。
この報告を辺境伯とその婚約者は、ジークフリードの私室の会議室で、側近の騎士サルビアから聞くことになった。青いセットアップにグレーのマントという姿のサルビアは、夕食を取る辺境伯とその婚約者に報告を続ける。
「犯人は、そこに水車小屋があることに気づき、何か役立つものがないか探したのではないでしょうか。そこで使えそうな小舟を発見した。花は遺体と一緒に、麻袋に入れていた可能性が高いです。ベテランの警備隊員が、小舟や花を観察した結果、花びらに傷がついているものが多いことに気づいたようです」
「なるほど。ではもし水車小屋で小舟を発見しなければ、麻袋に遺体をいれ、そのまま川に流すつもりだったということか?」
「そうだと思います。そして花についてですが、どうやら森に近い花屋で調達したようです。調達したと言っても、金を払って購入したわけではありません。花屋に侵入し、盗んでいました。ダリアとアネモネは生花です。アネモネは春に咲く花ですが、品種により夏や秋に咲くものもあるそうで。その花屋では、夏咲きのアネモネを仕入れていたようです。カレンデュラについては造花を置いていたようで、それが盗まれていました。サイプレスは比較的簡単に手に入ります。墓地なり、街路樹なりで、手に入れたのでしょう」
サルビアのこの報告を聞き、ジークフリードは考えを固めた。
犯人の目的は大瀑布に飲まれ、遺体が消えてくれること。『世界で一番美しい遺体』であり、強いメッセージ性が込められていたが、第三者に見せるつもりはなかった――ということだ。脅しに利用するつもりはなかったと。
「自分達が川で『世界で一番美しい遺体』と出会ってしまったのは、偶然なのだろう。第一あの川に向かおうと決めたのも、当日の朝だ。漠然とウェストウッドへ向かおうと決めていたが、その時は大瀑布を見てもいいと思っていた。ただあまりにも天気が良かったから、あの川へ向かうことを決めたんだ」
それにあの日ジークフリードは「今日は天気がいい。ハイキングがてら、ウェストウッドの森を歩こう」と言ったが、それはエリディアナしか聞いていないはずだった。
「自分達の移動にあわせ、『世界で一番美しい遺体』を川に流したとは考えにくい。犯人が単独か複数か、そこはまだ分かっていない。だが例え小隊で動いていたとしても、タイミングをあそこまで合わせるのは……無理だろう」
『世界で一番美しい遺体』の女性は、辺境伯とその婚約者とは無関係な理由で犯人によって殺害され、遺棄されたのではないか――これで落ち着く。そしてサルビアからの報告も終わり、『世界で一番美しい遺体』は、いよいよジークフリードの手を離れ、シュヴァルツ警備隊に移ることも決まった。
だがジークフリードは『世界で一番美しい遺体』を生み出した犯人のことが、気にかかっているようだ。この話の続きは、入浴を終えたベッドの上で、エリディアナは聞くことになった。
ベッドで愛を確かめあった後、二人は仲良く横並びになり、話を始める。
「指揮権はシュヴァルツ警備隊に移した。それでも領内で起きた事件だ。いざとなれば自分が采配を振るうつもりだが……。エリは犯人をどんな人物だと思う?」
乱れた髪を後ろにかきあげ、流し目のような視線をこちらへ送るジークフリードを見たエリディアナは、一瞬頬を赤くする。だがすぐに真面目な表情になり、考え込む。
犯人はかなり手際がいいと、エリディアナは思っていた。水車小屋の小舟を使ったのは、場当たり的に思える。だがワインに毒を混ぜ、それを確実に飲ませているのだ。しかも人目を忍び、荷馬車に乗せ、森まで運んでいる。しかもその道中で自身の欲しいと思う花も手に入れ、サイプレスも入手したのだ。用意周到な計画的犯行ではない。それでも殺害から遺棄までの計画は、筋道立てて考えられており、かつ手慣れているとエリディアナは感じていた。そこから浮かぶ犯人像は――。
「場当たり的な犯行に思えますが、計画的にも動いています。誰かを殺害し遺棄するという行動に、慣れている気がしました。初めての犯行ではない気がします」
「! 自分が感じていたもやもやした件が、まさにほぐれた。慣れている。そうだ、そうだと思う」
「それに花やサイプレスもそうですが、口の中の謎の石。かなり犯人の個性が出ていると思います。そうなるとこれは……複数犯というより、単独犯、多くて二人に思えました。犯罪の過程で生じた遺体。犯人なら普通、早く離れたいと思うのではないでしょうか」
犯行現場からは、速やかに立ち去りたいはず。犯人全員がサイコパスでもない限り、遺体とだって早く離れたいのでは――そうエリディアナは考えたのだ。
「特に複数犯であれば、早く遺体を遺棄し、立ち去りたいという意見が多数派に思えます。わざわざ小舟を用意して、そこに遺体を安置し、花を飾るなんて……時間もかかりますよね」
「単独犯となると、よほどの動機がなければ、殺人になんて手を染めないだろうな。いや、でも初犯ではないなら……プロなら違うか。暗殺集団の人間なら単独で動く。となると手練れの男が犯人か。黒幕がいて暗殺の指令を受け、『世界で一番美しい遺体』を生み出した?」
「プロによる犯行――それは同意です。場当たり的な面があっても、最終的に自身の目的を達成しているので。ただ、黒幕がいて指示を受けたわけではなく、個人的な恨みで動いたような気がします。仕事で請け負ったのなら、さっさと害し、遺棄してお終いな気がするので」
そこでジークフリードがエリディアナを抱き寄せ、腕枕をした。エリディアナは最愛の胸に身を寄せながら話を続ける。
「……もし黒幕が『ドラマチックな演出を遺体に対して行え』と指示していたなら、水車小屋にあらかじめちゃんと小舟を用意しておくと思うんです。でも現場検証の結果、水車小屋同様、かなり前に放置された小舟だった。そうなるとはやり『世界で一番美しい遺体』になる演出は、犯人が独断で行ったことであり、個人的に動いた結果に思えます」
「つまりエリの推理で導かれた犯人は、単独犯でしかも殺しのプロ。だが黒幕はいない。自身の個人的な事情により動いた――ということか」
「そうですね。……『世界で一番美しい遺体』の女性には、愛する夫や恋人がいた。犯人はもしかすると彼女に惚れ、報われない想いに身をやつしていたのでは? 結ばれることはできない、でも彼女が他の男に抱かれるのは許せない。ならば殺してしまえ――。でも好きだった女性なので、手向けの花を飾った……というのは少々盛りすぎかもしれませんが」
「もしそれが犯人の犯行動機なら、悲しいものだな。……まずは明日、新聞で『世界で一番美しい遺体』の女性の似顔絵が公開される。どんな反響があるか……。犯人だってそれを目にするかもしれないんだ。何か動きがあるかもしれない」
まだジークフリードは、先程の余韻が落ち着いていなかったようだ。ゆっくり彼の唇が、エリディアナの唇に重なった。
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