最期の戦士・ルシオラ
カリンバと共に霧の立ち込める
林を抜けていると開けた窪地に
虎の死体が山積みになっている景色が見えた。
「何あれ…全部同じ傷がついてる…」
首元を齧り取られた様な
死体の山の下には血の海が広がっている。
「誰かいるな…」
「男…あの槍って…」
「ちょっと声を掛けてくる」
「待って、サレスちゃ…」
窪地へと跳び降り
堆く積まれた死体の山の頂きに座する男に
声を掛けた。
「こんにちは」
「…!
あぁ、こんにちは!」
物思いに耽っていたのか
随分と間抜けな挨拶を返す男。
「よっ!」
俺の傍に飛び降りて来ると
男の獲物が魔槍だと分かった。
「こんなところで何をしているんだい?
今は山が怒ってるから早く帰った方が…おや?
それ、もしかして刀かい?
という事は君は冒険者か!!」
きさくに話しかけて来た男は
よく見ると上半身がスッポンポンで
鍛え上げられた筋肉猛々しい肉体に
赤と白の幾何学的なタトゥーが施されていた。
下半身はどう表したものか…
忍者装束に似ており
腰のベルトには小さなナイフが何本も
差されている。
褐色の肌に黒髪青目の爽やかな瞳
そして赤く細いハチマキ?を巻いている。
あからさまに戦士なのだ。
「僕はナトゥラ・ナラ・ルシオラ。
ナトゥラ族の戦士兼男爵をやってるんだ!
君は?」
差し出されたルシオラの右手は
皮が分厚く刀傷や抉れたような傷が
いくつも付いていた。
「私はサレス・レディール。
只の辺境伯の娘で冒険者を始めたばかりだ」
「随分とお偉いさんのところの娘なんだな!
しかしどうしたらそんなに強くなれるんだい?
歴戦の戦士どころか軍神・武神の領域じゃないか」
彼も人の実力が分かるらしいが
流石に軍神・武神は誉めすぎだ。
「そこまで強いかは自信無いが
ルシオラも中々の使い手だな!」
照れ隠しなのか鼻を掻くルシオラ。
「強者が出逢ったなら、
やはり手合わせといこうか!」
「勿論、お相手仕るよ」
互いに得物を構えて
何時でも仕留められる様に
間合いを詰めて行く。
と、その時。
「待て待て貴様らあああああああ!!
バトって意気投合しとる場合かああああ!!」
怒り心頭のカリンバが俺とルシオラの間に
割って入ってきた。
「…君の知り合いかい?」
「あぁ、私の連れだ」
「むしろサレスちゃんが!
アタシの連れだからね??
それより、こんなところで
1人黄昏て、もしかしてアンタが
虎共を屠ったの??」
食い気味のカリンバが
ルシオラの立派な胸板を指で突きながら
責め立てる様に顔を近づける。
180cmは有に超えるルシオラの顔に
私と同じ程度のカリンバが
肉薄する事は永劫無いが。
「下半分は俺じゃないが
上半分の奴らは生意気だったから
俺がシバいた!!」
「シバいたって…
魔法職のA級冒険者でもなきゃ
この数のインサヌマン・タイガーは
倒せないと思うけどー?」
魔法、という言葉を聞いて
嬉しそうに手元の魔槍を翳すルシオラ。
「俺はこう見えて魔法職なんだぜー?
我がナトゥラ族秘伝のこの魔槍のお陰でね!」
ルシオラが翳している魔槍は
村に突き立てられていた物とは違い
柄の部分が長く、先端から半ばまでが
棘に覆われたデザインで
全長2mくらいはある。
魔槍を見ながら
訝しそうな顔で続けるカリンバ。
「魔槍って確か
相手の魔力を削るんでしょ??
それで魔法職ってわけ??」
チッチッ、と指と首を横に振るルシオラ。
「それは粗末なレプリカの方な。
ナトゥラ族秘伝のオリジナルの魔槍には
削った魔力を蓄積して
槍に刻印された魔法を行使出来る
能力があるのさ!!」
「へぇ、便利な槍だな」
「便利どころかマジなら
国宝級の宝具じゃない…」
「しかもコイツは代々受け継がれて来た代物でね?
白魔法が刻印されているんだ!」
刻印の所を指差すのだが
梵字みたいなカッコイイ形をしている他
まるで分からない。
カリンバは折り畳みのレンズを取り出すと
刻印を中心に槍を鑑定し驚嘆していた。
「うわ、マジだ…
こんなエグい武器存在していいわけー?
マジで使いこなせればディーバとも
タメ張れるんじゃーない??
…うわ、これ凄い…」
白魔法は全ての色の魔法を混ぜるから
逆説的に全魔法が使えるということか。
S級冒険者に比肩する武具を持つ
ルシオラは本当にただの戦士なのか?
だがとても嘘をつく人間には見えない。
「顔に出てるぞ〜サレス?
ま、ナトゥラ族は俺が最後の1人だし
魔槍山脈の一部を領地って扱いで
王様に貰ってるわけだけど
そうゆうの、柄じゃなくてね〜?
ずっとここで虎とかドラゴンとか相手にして
鍛えて過ごしてたわけよ?
大体…確か6才くらいからだったかな?
最初の内は王様に稽古とかつけて貰ってたなぁ」
それを聞いてビクつくカリンバ。
「…何を相手にしてたって?」
「虎とかドラゴン」
「ドラゴン?」
「ドラゴン!」
「…マジぃ?」
メガテンに…いや、目が点になるカリンバ。
「ルシオラ、アンタちょっとそのドラゴンの
似顔絵書きなさい、ハイ」
「任せてくれ!
昔から絵は得意なんだ…ペンとか久しぶりだな」
紙とペンを貰ったルシオラは
楽しそうにドラゴンの似顔絵を描き出す。
ムキムキのナイスガイが
背を向けた瞬間、カリンバは
俺の耳元で会議を始めた。
「サレスちゃん的には、どう?
アイツ強く見えてる感じ?」
「あぁ、私と同じくらいは」
「ってなるともしかしたら
アイツもS級冒険者まであるかもね…
君といいアイツといい
最近の貴族は随分な
スパルタ教育をしてるのね」
ルシオラはさておき、
サレスはついこの間まで
お嬢様としての作法や
振る舞いを叩き込まれていた筈だから
そんな事は…ないと、思う。
「結構爽やかなイケメンだし
胸板も結構分厚かったし
…それにアイツ、貴族なんでしょ?」
「あぁ、男爵は下級だが貴族だ」
「ふ〜〜〜ん…」
少し顔を赤らめるカリンバの耳に
生暖かい息を掛けてやる。
「フゥ〜」
「はぅん!?…」
「どうかしたかい?」
かなり色っぽい声が出てしまったカリンバは
平静を装ってルシオラを振り向かせないようにする。
「う、ううん!何でもない…
何すんのさあああああ!?」
耳の先まで真っ赤に染めて
怒り出すカリンバ。
「いや、いやらしい顔してたから」
「し・て・な・いー!!」
「ふぅん〜??」
両手で顔を隠すカリンバを眺めていると
ルシオラが「出来た!!」と声高に叫んだ。
大きく広げられた絵を見やると
ある種の芸術作品が出来上がっていた。
「「カワイイ〜」」
ぬいぐるみにしたら
国中で流行りそうな程愛おしいデザインをした
ドラゴンがそこに描かれていた。
何故か目のところだけ描かれていないが…
「何で眼のところだけ描いてないのー?」
「上手すぎて眼まで描いちゃうと
紙から飛び出してどっか行っちゃうんだよ!」
「「へぇ〜」」
生暖かい目で見ると
仕方ないといった表情をして
カワイイドラゴンの目を仕上げるルシオラ。
「そっちに飛んでいったら
捕まえてくれよなー?」
「「あいよー」」
カリンバと揃って生返事をすると
目が完成した瞬間に本当に飛び出して来た。
「「!?」」
パタパタと小さな翼をはためかせ
のらりくらりと宙を舞うドラゴン。
が、浮力が少し足らないのか
懸命に翼を動かし辛うじてホバリングしている。
「そい」
「ナァ!!」
普通に簡単に捕まえられた。
白を基調とし随所に紫の線が走る
赤い瞳のカワイイドラゴンの感触は、
綿がぎっしり詰まったフワフワの
ぬいぐるみそのものだが
鼓動や温もりが生命である事を
強く感じさせる。
先程までは懸命に吠えていたが
俺に抱き抱えられると腕の中で
静かに微睡み始めた。
「すっごいカワイイ〜♡
アタシも抱っこしてイイー!?」
「はい」
「んあああ!!!
カワイイでちゅね〜♡♡♡」
あまりの可愛さに赤ちゃん言葉で
話し出すカリンバ。
ゾーンに入ったのか暫く反応が無さそうなので
ルシオラと談笑することにした。
「だいぶ本題から逸れてしまったな。
ルシオラ、お前は何が目的でこの山にいる?
まさか修行ではあるまい」
「…先祖とその嫁さんが静かに眠れる為、かな?」
「…!
それは魔槍の戦士とレガリアナの事か?」
初めてレガリアナの名前を聞いたのか
意外そうに口笛を吹くルシオラ。
「そうか、先祖の嫁さんは
そんな名前だったのか!
これだけでも十分すぎるほどの収穫だ」
「先祖の名前は分かるのか?」
そう問うと
何故か腕を組んでルシオラは少し誇らしげに答えた。
「ルシオラだよ。
俺の最高に男前の先祖様の名前は」
それから、ルシオラは代々口伝されてきた
古の戦士ルシオラと穢れた血の少女レガリアナの
馴れ初めについて語り出した————————
「ふふ、また会ったね」
チェシャの声で貴方は目覚める。
ここは前回の書斎ではなく
陽気なエレクトロスウィングの揺蕩う
落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
黒く長い艶やかな髪を虚空に泳がせながら
深紅の双眸のチェシャは何かの本を読んでいた。
頁を捲りながら彼女は
その柔らかい唇を饒舌に走らせた。
「是非とも君達…いや、
今この文章を読んで私と話してくれている
君について知りたいところではある…
でも君は喋れないからな?どうしたものか…」
左手だけで器用に本を読み進めながら
空いている方の右手でマグカップを
口元へ運ぶチェシャ。
「現状取り得る手段で有効なモノは…
うん、1つ面白いゲームを考えた」
そう言って突然着ているシャツの
胸元を第三ボタン程まで開け
豊満な胸が貴方に見えやすいように
前のめりになるチェシャ。
際どいデザインの青いブラジャーのせいで
彼女の大事な先端が見えそうになっている。
好奇心から貴方は覗き込もうと
身体を起こして目線を上げようとするも
やはり拘束されており見る事は叶わない。
「人は目の前に見知ったモノが存在していると
自然とそれが自身の知っているモノと同じか
それとも違うのかが気になってしまう生き物だ」
ギリギリのラインの更に
ギリギリまで見せつけたチェシャは
いよいよ貴方が先端を拝める
その瞬間よりほんの少しだけ先に
席へと戻りシャツのボタンを掛け直した。
もう少しだったのに!
悪戯っぽい顔を浮かべたチェシャは
ゲームとやらについて一方的に話し始めた。
「昨日もやって貰ったし、簡単なゲームさ。
君は高評価・ブックマークを押すだけだ。
下のボタンからね?
ただし今回はどちらか一方だけを押すのだ」
セロトニンやエンドルフィンにアドレナリンと
チェシャに頭を撫でられた後の脳内麻薬の全てが
延々と反芻されたような快楽を思い出す貴方。
そう、昨日は確か両方押して欲しいとねだられた。
そうする事で、
また貴方は気持ち良くなれたのだから。
だが一方だけ?
つまり高評価かブックマークのどちらかだけを
選ばなきゃいけないという事だ。
まるで意図が分からない。
両方得る事の方が圧倒的に良い事なのは明白だ。
「今君が考えている通り、それが正しいよ。
でもそれじゃ私を操ってるクソッたれの作者に…
神に一泡吹かせてやれないんだ」
始めて聞いたチェシャの口から出た罵詈雑言。
まるで何千年もの間
その相手だけを恨み続けて来たような怨嗟の声は
たったの一言で作者とやらに対しての
彼女のスタンスを十二分に表していた。
彼女は栞紐を頁と頁の間に挟んで
本を置くとピクリとも動かない
貴方の両手を包んで続けた。
「この作品が面白いと思ったのなら高評価だけを、
また私と話をしたいと思ったのなら
ブックマークだけを押してくれ。
高評価の方が多く増えれば私の負けで
ブックマークの方が多ければ私の勝ちだ。
私が勝ったら服を1枚脱ごう」
なるほど、チェシャは作者とやらとは
別の目的があって貴方と話をしているらしい。
1枚脱ぐ、そう言われて
テーブルの向こうに君臨している
彼女の肢体に思いを馳せる貴方。
「好奇心を止められる人間はこの世に存在しない。
理性から生じたモノを
理性で止められるわけが無いのだよ?
例えその場では自制出来たとしても
いつまでも靄のように
頭と心の中に好奇の棘が刺さり続けて
やがてそれが人間を行動へと駆り立てる。
そして人はこれに
『衝動』という名前を付けた!!」
好奇の棘は既に貴方に刺された、という事だ。
「私は君がどちらのボタンを押そうと
責めたりはしないよ。
ただ、もっと君とお話したいし…
何より君には私に対する好奇心があるだろう??
…それじゃ、そろそろ時間だ」
昨日と同じ
海の底へ沈んでいくような感覚に襲われる貴方。
「…私の健気な抵抗に…是非とも力を貸してくれ…」




