S級冒険者に、私はなる!(ドン!)
剣戟が聞こえる。
いや、金属音ではないのだが
踏み込みの音や息遣いに
気合いの入った声が響いていたので
そう感じた次第だ。
所々散らかっている庭を歩き
剣戟の方へと進んでいくと石畳の広場で
ベンKとラウルが激しい打ち合いをしていた。
「この間は…かんたんに!
倒せたのに!!」
「一度立ち会った相手と
侮ってはならんぞ、騎士よ!
ハァッ!!!」
「グッッ!?」
得物を斬馬刀に持ち替えたベンKは
ラウルの攻撃を全て弾いていた。
一度は倒した筈の相手に苦戦しているラウルは
焦っているのか段々と太刀筋が濁っていき
より一層隙を生み出し続けた。
「この間と…ハァッ…!
全然戦い方がちがう…!!」
「人間の唯一の取り柄は
研鑽し続けられる事だ。
一時でも怠ってはならん!」
終いに隙だらけのラウルは
大きく吹っ飛ばされてしまった。
私の足元に転がると
悔しそうに地面を叩いた。
「クソっ…!
どうして勝てないんだ…!」
勝つ?
それは違うな、我が騎士よ。
俺はしゃがんで
ラウルの顔に手を添えた。
「ラウル、どうして勝ちたいんだ?」
「勝たなきゃいけないから!」
「違うだろう?
君の本分は勝つことにはない」
「えぇと…それって?」
「守る事、だろ?
それとも、もう私の騎士は卒業かな?」
ラウルは思い出した。
何故自分が騎士になったのかを。
「僕は…魔女様の騎士だ!」
木刀を杖代わりにして立ち上がるラウル。
その表情からは焦燥や迷いは消えていた。
「騎士は、魔女様や皆を守るんだ!」
「ようやく良き瞳に戻ったな、少年」
「その調子で頼むよ、ベンK」
「合点承知!!」
「ハアアアアアアア!!」
ラウルはベンKに任せて
風呂へと向かう。
「ンハアアアアア、生き返る〜♪」
自分でも想像しなかったくらい
甘ったるい声が出て少しビックリした。
「よくよく考えたら
女の子になっちゃったんだよな、俺」
自然なことの様に受け入れていたが
サレスになってからの2日は
奇想天外の連続であった。
「目は光る様になるし
魔法は使える様になるし
弟とか斬っちゃったし
悪魔とか召喚しちゃったし…」
何より。
「俺、悪役令嬢になっちゃったよ…」
しかも悪名高い娘に。
挙句、卒業式では殺されてしまうと来た。
「ま、ラモラとの婚約は破棄どころか
解消に至ったわけだし?
取り敢えず…フ?
…フラグか!!
婚約破棄のフラグは折ったんだ」
これで2年生の12月に起こるイベントがなくなり
ラモラの恨みを買うことも無くなった。
少なくともラモ吉に
殺される様な事にはならない。
「しかしなー…」
俺は魔法でアヒルちゃんを生成して
お湯の上に浮かべた。
「この世界は…ゲームなんだっけか??
俺じゃないもう1人の悪役令嬢が
恣意的に展開を操作している様だ。
1つ2つフラグをへし折ったくらいでは
サレスの命を諦めてはくれまい」
ファウスト君の言い方から察するに
サレスじゃないもう1人の悪役令嬢は
何度もこの世界をループしている。
「恋愛ゲームだし、確かに
理には適っているな」
1つのルートでは結ばれなかった相手と
結ばれるのは簡単だ。
もう一度ゲームを始めれば良い。
「色恋を目的にしたループではなさそうだが…」
イデナやサレスを殺す事が目的…
そういう筋も十分にあるだろう。
俺はアヒルちゃん達を手で沈める。
プクプクと小さな空気の泡が爆ぜた。
「行動を起こすにしても
現段階では情報が足らなすぎる!!
まずはそこからだ」
もう1人の…長いな。
神の写し身、アバターと悪魔は呼んでいたな。
「待っていろ、アバター」
俺は沈めていたアヒルちゃんを再浮上させ
そして握り込んだ。
キュピプー、と甲高い音が浴場に響く。
「それから、後は…」
早めにやっておきたいのは
『サレスの悪名を雪ぐ事』だ。
未だに我が屋敷には
男の使用人がいない。
募集は掛けているのだが、サレスが昔やった
『奴隷達の男根をちょん切った』遊びの
話が有名すぎて誰も来ないらしい。
蔵書の大半は燃やすし
猟奇的な遊びの数々をやらかすし。
「サレス…恐ろしい子」
ま、それ俺なんですけどね?
「悪名が消え去る程の
名声でも手に入れないとダメか…」
そう容易く手に入れば
苦労はないか。
「もしかしたら…あるぞ」
俺は浴場を飛び出した。
駆ける、駆ける、駆ける。
一刻も早く確認しなくては。
すっかり日の落ちた広場には
やはりまだ2人の姿があった。
「おうい!!
ベンK!ベンK!!」
「どうされた?
主人殿…!?」
「ハァハァハァ…ッッハゥ…」
相当ハードに追い込みでもしたのか
ラウルは既に倒れていた。
そして俺の方を見たベンKも
何故だかお面の鼻あたりから血を噴いて倒れた。
「ベンK!!
お前は冒険者には詳しいのか?!?!」
「…短い間ではあったが
吾輩も冒険者をしていたぞ」
「何でそんなに俯いているんだ?
何でそんなに前屈みなんだ??」
「き、気になされるな!!
…それで、冒険者がどうなさった?」
「冒険者とは民衆に尊敬されているのか?」
「腕や人格にもよるが
善き行いをしていれば
当然諸人に敬われる事間違いなしだ」
ビンゴ!
「冒険者の1番上は?!」
「一応Sという事になっている」
「1ヶ月でなれるか?」
「普通は不可能だが
主人殿なら不可でもなかろう」
不可でもない…か。
「決めた、私はS級冒険者になるぞ!」
「理想を高く据え
研鑽に努めるのは大変善き事だ!!」
「…ハァ…ハァ…み…ず……」
ラウルには魔法で水を掛けてやる。
「善き事だ、だから」
「だから?」
「何か羽織って頂けぬか、主人殿よ…」
なるほど、素っ裸のまま
飛び出してきたのをすっかり忘れていた。
「私に恥じるような謂れはない。
だから羽織らないし、着ない!!」
「きゃあああああ!?
お嬢様、なんて格好を…!!」
屋敷の2階の窓に 奴の影!
「うわ、フローゼだ」
顔が完全にヤル気スイッチが入っていた。
ここは浴場に戻るしかあるまい。
「助かった、ベンK!
ラウルもお疲れ〜!!」
「待ちなさい!!
サレスお嬢様ああああ!!!」
鬼気迫るフローゼに追われながら
屋敷の中を駆け巡った。
ーーーー
「全く…この屋敷は実に騒がしいな。
それに何故広大な書斎を備えながら
蔵書が斯様に少ないのだ…」
でも、あの男…サレスか。
奴の焼いたスコーンはマ・ジ・で旨い。
「奴には死んでも気に入っている事を
悟られてはならん…ならんぞ、我!」
「スト君!!」
「ヌワァァァン!!??
もー!!
何だよ、ガキンチョ!!」
噂をすれば何とやらとは
まさにこの事だ。
口には気をつけないとね…?
偉大なる我に断りもなく近づいてくると
サレスは真面目なトーンで囁いた。
「公爵令嬢達の情報を集めておいてくれ。
屋敷の金は自由に使っていい」
「ふん、考えておいてやる」
契約的に非協力的な態度は取れないので
やるんだがな。
素直に協力してやるのは
我が悪魔としてのプライドが断じて許さん。
「成果次第で
新作のお茶請けを披露してやろう」
「やりゅう!!!」
悪魔の囁きを残したサレスは
全裸のまま書斎を飛び出していった。
悪魔に甘言とは感心するよ、全く。
「お菓子楽しみ!!(仕方ない…)」
あっ…
本音と建前を間違えた。
ーーーー
憧れの鎌倉先輩との初デートは
大成功に終わった。
いや、自分では…なんだけど。
夜景に照らされて長い髪を靡かせる先輩は
どこか寂しそうな顔をしており
益々不安が大きくなっていく。
「先輩は…ちゃんと楽しめたのかな…?」
聞かなきゃ。
でも、聞けない。
答えが何であれ
疑念が晴らされる事は無い。
先輩は優しい人だ。
優しい人はいつだってウソツキだ。
「どうした?
私の顔なんかマジマジと見つめて?
…もの足りないのか?」
そう言って舌舐めずりをする先輩。
不覚にも唇の感触を想像して
赤面が止まらなくなった。
「そんなわけないじゃないですか!!」
近い!!互いの息を感じる程に。
手を退ければすぐそこに
焦がれていた鎌倉先輩の瞳と唇がある。
でも、でも…
!!
僕の手は何者かによって振り払われ
真っ赤な顔が先輩へと晒される。
僕の手を振り払ったのは当然先輩だ。
「〜〜〜!!」
「君はいつ見てもカワイイ表情だな」
「見ないで…恥ずかしいです…」
「私は嬉しいけどなー??」
はぁ!!?
なんでそんな風に思えるんですか!!?
「私を見て、私に触れて
いつもドキドキしてくれる君を見てると
とても愛おしい気分になるんだ…」
その言葉を聞いた瞬間。
なんだろう、脳みそも心も
全部沸騰してしまった。
ただ先輩を今すぐ抱きしめたいと思った。
手を伸ばす。
なのに先輩は遠くへと歩いて行ってしまう。
なんで!
こんなにも愛おしいのに…
フェリーの汽笛が轟音を奏でる。
「 よ!」
同時に先輩は僕に何かを告げた。
「え、聞こえない」
「私は一度言った事は
繰り返して言わない主義だって
知ってるだろう?」
「でも、大事な事だったんじゃないですか?」
ニヤニヤと蠱惑的な笑みを浮かべる先輩。
「そうだよ、だから一回しか言わないの!」
胸の中をグチャグチャにかき混ぜられて
僕は涙を堪え切れなかった。
それを見てさらに笑顔が輝く先輩。
先輩はもしかしたら悪魔なのかも。
好きだけど、でも嫌いだ。
「私のせいで、そんなに綺麗な涙を流して…
やっぱり君の心は水晶のように純粋だ」
先輩はステップして距離を詰めると
僕のファーストキスを奪った。
もう何にも考えられない。
そして僕の頭を撫でながら
耳元で優しくこう呟いた。
「君からの高評価とブックマーク…
楽しみに待ってるよ♪」




