偉大なる小さな悪魔
レディール家・書斎。
この間よりも少し蔵書が増えている。
「…うん、いい紅茶だな」
「…」
口調だけは落ち着いているが
足を交互に振りながら
目を輝かせて紅茶を楽しむ少年。
豪華絢爛な装いも相まって
どこかの貴公子か王族と言われても
不思議ではないだろう。
「で、ファウストと言ったか?
君は一体何者だ?」
黒い魔力を練り上げて生まれた
空間の穴から出でた常ならざる存在。
7才くらいの可愛らしい少年の姿をしてこそいるが
神や悪魔と言った類の存在かもしれない。
「よくぞ聞いてくれたな、人のガキンチョよ!!
我は『叡智の悪魔・ファウスト』!!
あらゆる理から外れ
数多のソラと異界を渡る傍観者である!!」
マントを大きくはためかせ
ふんぞり返るキメ顔の少年。
「そんな長い台詞を良く暗記できたな。
えらいえらい…よしよし」
「我の頭を軽々しく撫でるでないわ!!」
口だけは抵抗するも
もっとやれと言わんばかりに
姿勢がこちらに傾いてくる。
「えへへへ…はっ!?
クソッ…魂の一部だけを抜かれたせいで
感情の制御に問題が生じている‥‥!!
おのれ、サレス・レディール!!!」
「初対面であろう?
何故私の名前を知っている?」
こんな中二病を拗らせた少年の名は
屋敷の誰もが聞いた事がないと言っていた。
「当然だろう?
・・・???
待て、お前手を寄越せ」
急に不思議そうな表情を浮かべ
怪訝そうにするファウスト。
手を出すように催促されたので
右手を差し出してやる。
俺の手を握ったファウストは
そのまま目を閉じてムムム…と呟き出した。
「そうか、お前…サレスじゃないのか」
「…」
「ククク…そうか!
これがお前なりの悪あがきというわけか」
「…」
「フッハハハハハハ!!!
こんなに健気に暴れよってからに!!
気に入ったぞ、
愛しいイデナの次に気に入った!!」
少年は良く知っている
会った事のない少女の名を口に出して
1人で愉快そうに高笑いしている。
悪あがき、とは何の事だろうか?
それにイデナが愛しいとは?
彼女は確か王子だか皇子だかと
くっつくと記憶しているが。
暫く笑って落ち着いたのか
俺の手を離してこちらに向き直る少年。
「男よ、忌々しい貴様の名前は何という??」
「タケヒトだ」
どうやら俺がサレスでない事を理解しているらしい。
ただの中二病の少年というわけではないようだ。
「そうか、東洋…
このゲームの神と同じ所から来たのか」
「記憶がないのでそれは何とも言えんがな」
ゲーム?神?
「お前の使命が何であるかは分かるか??」
使命…分からない、だが。
「『神を斬れ』…
そう誰かに言われた気がする」
「分かっているではないか、ガキンチョよ」
神を斬る、それが俺がサレスになった理由か。
「まぁ実際は、神の写し身…
アバターというんだったか?
ソイツを斬れば良い」
「写し身…それがもう1人の悪役令嬢か」
「あぁ、そうだ」
俺の焼いたスコーンを頬張り
紅茶を流し込むファウスト。
「どうしてその令嬢を斬らなくてはならない?
悪魔と名乗った君の言う事を
そのまま飲み込むのはあまりに迂闊だ」
「当然の帰結だな」
人を惑わし悪感情を増幅させる魔性・物の怪。
そんな存在が真実をそのまま話すとは考えにくい。
「今回ばかりは安心していい。
我は今、貴様に召喚された下僕という状況なのだ。
…まだ契約こそ交わしてはいないがな」
「君の言葉はどれも信頼に欠ける。
行動で示すと良い」
正直に語っていたからか
取り付く島も与えなかった俺に
苛立ちを見せるファウスト。
「ならば、我と契約しろ」
「断る」
「ううう…言われたとおりに
行動で示そうとしたのに…酷いよ」
ボロボロと大粒の涙を流すファウスト。
「多分、俺の不手際で
呼んでしまったのだろうから
それは謝る。
というわけで、もう帰って貰って良いぞ」
「それが出来たら契約なんて
結ぼうとか言わんわ!おたんこナスが!!」
歯を食いしばって意地らしい顔をしながら
羊皮紙と骨製のペンを取り出して
何かを書き出すファウスト。
恐らく契約書か何かの類だろう。
書き終えるとそれを俺に手渡した。
「何々…
一.ファウストを甲、タケヒトを乙とする。
一.甲は乙に対して好不を問わず
全ての情報を提供する事。
一.甲は乙に対する如何なる敵対行為の
一切を封じる事。
一.乙は甲に対して最優先の守護対象と認識し
これを尊守する事」
随分とフォーマルな文体だな。
悪魔というのは契約の類を
重要視するとは聞いた事があるが、
こんなにガッチガチに
大事にしているとは露程も思わなかった。
一点だけ解せないな。
「最後の守護するとはどういう事だ?
理から外れたと言っていたのは
只の口上だったのか?」
つまるところ不死を意味していると思ったのだが。
「この世界は特殊でね、アバターの奴が
我を異常な程警戒しているが故に
我に特化した魔法を仕込んでいたのだ」
ファウストは俯いて震えている。
「そのせいでこのような恥辱に塗れた姿で顕現し
あらゆる知恵や魔法への
アクセスを封じられている」
「…ここで死んだら、本当に死ぬという事か」
「…うん」
書斎の床を涙が小さく跳ねていく。
俺は涙するファウストを無視して
契約書にサインした。
「これで良いのか?」
俯いたまま震える少年の悪魔は
紙を受け取るとサインと内容を念入りに確認する。
「ちゃんと魔力は込められているな…よし」
続けて彼もサインした。
そして懐から禍々しい
装丁の成された書物を取り出し
それを開いて見ながら
低く唸るような声で不快になる
言語の言葉を短く唱えた。
悪魔の言語だろうか?
下水の臭いに包まれて
発砲スチロールの擦れる音を
耳元で繰り返されているような
嫌な気分になった。
唱え終えると
書物と契約書を懐に仕舞い
淹れたばかりの紅茶を煽るファウスト。
「これで契約完了だ。
貴様の名を呼ぶのは我としても
快いものでは無いのでサレスと呼ぶぞ」
「構わないぞ、スト君」
「カワイイ感じの渾名で呼ぶな!!!」
俺は未だ涙を零す弱い悪魔の少年の隣に座り
震える肩を抱いた。
「我を慰めるな…
叡智を司る偉大な悪魔であるぞ…」
「全知全能って事はさ」
「…?」
「恐怖も知ってるって事でしょ?」
「…ふん」
サレスの胸へと顔を埋めるファウスト。
「我は…私は、狡猾な先輩すら
悪魔となって出し抜いた…
偉大なる叡智の悪魔なんだ…優しくして
魂抜かれたって知らないからな…」
「せいぜいその時を楽しみに待っているよ」
悪魔の涙が止まるまで
その後もうしばらく、書斎には
嗚咽が木霊していた。
…視界を埋め尽くす魔王の拳。
チーム唯一のヒーラーのシャオラが
借金を俺たちに押し付けて夜逃げしてから
初の出陣。
それも、よりによって魔王城の攻略。
回復に支援に妨害と一人三役をこなしていた
彼女がいなくなった事で俺たち勇者御一行は
全滅の憂き目にあっていた。
立っているのはもうボロボロの俺と
俺を拳で滅さんとするピンピンの魔王だけ。
こんな回想をしている内に
もう拳は目と鼻の先まで来てしまった。
(シャオラ…せめて国家予算レベルで
使い込まなければ何とかしてやれたのに…)
夜逃げした乳のデカくて顔の良い女を
想いながら、俺はただ死ぬのを待った。
…。
……。
……あれ?
いつまで経っても衝撃も痛みも無い。
(どうなってんだ…?)
目を開けると、世界が静止していた。
俺に死を齎す巨大な拳も
背後で瀕死ながら立ちあがろうとする仲間達も。
不意に頭の中でピコン♪と軽快な音がした。
『なんと!
この状況から入れるブクマがあります!!』
(ブ…クマ??)
『さらに!
高評価を押すと今だけ来世での
チートスキルを1つプレゼント!!』
(え、来世?
今欲しんだけど…)
一方的にアナウンスが終わると
ピコン♪ともう一度音が鳴った。
「今の…何の話だっt」
グシュッ。
俺はトマトの様に潰れた……




