悲しき来訪者①
「いつだって突然の訪問ねアラクネ?」
「アーティストという者は、自分勝手に振る舞うものですわクリスティーお嬢様」
ランポール邸の客間。
ウエスト部分に大きなリボンのサッシュブラウスに、ハイウエストのパンツ。
まるで草原を蝶が舞うような華やかな衣装を身に纏った女性はクリスティアの姿を見ると、中央に座っていたソファーから立ち上がり胸に手を当てて軽く頭を下げる。
ラビュリントス王国一のデザイナーであり、被服店アテネの仕立屋の主であるアラクネ。
彼女のこのような訪問の仕方はいつものことなので、クリスティアに驚きはない。
湧き上がる情熱を抑えきれないのは芸術家としての性なのだろう。
それでもすれ違わないように、モデルの予定を確認するのが常であり。
今日のように自ら用意した馬車に乗り、クリスティアに会えるまでいつまででも待つと強情な態度を示すのは珍しいことであった。
「そうね。それほど会いたいと思ってくださるだなんて、なにか素敵なデザインでも思いついたのかしら?」
「わたくしの脳細胞はいつだってカラフルに働いておりますから、デザインは溢れんばかりです。ですが今回は灰色のカラーがこの頭を埋め尽くして……なにも手に付かないのです」
クリスティアに示されてソファーに座り直し、困ったように微笑んだアラクネは手を上げる。
ソファーの後ろに立っていた双子のクチュリエール兼モデルであるメリーとシアが、顔を見合わせると頷く。
彼女達はいつだってアラクネの着せ替え人形なので、今日も可愛らしい衣装を着ている。
左隣のメリーはフリルがふんだんにあしらわれた白ウサギを模したゴシックドレス。
右隣のシアは対称的に、黒ウサギを模したゴシックドレスを着ている。
まずメリーが持ってきた鞄から一冊の本を取り出す。
それを受け取ったシアが数枚ページを捲ると、待機していたアリアドネに渡す。
机の上、クリスティアの近くに置かれたその本は古いアルバムであった。
学園の教室を写した数枚の写真には、若かりし頃のアラクネと今より少し若い、そして快活に笑うイルサの姿が仲睦まじく写っていた。
それを見て、クリスティアはアラクネが何故此処に訪れたのかを理解する。
「あなたのお隣にいらっしゃるのは、イルサですわね。面影がございますわ」
「この度の事件をお調べしていると、風の便りでお聞きいたしました。だから居ても立っても居られなくなって……」
そういうとアラクネは覚悟を決めたように背筋を伸ばし。
左右に座ったメリーとシアはその体を支えるように、身を寄せる。
「お知り合いなのね?」
「友人ですわ。本当に大切な……わたくしは衣服を生み出すデザイナー。彼女は衣服を作り上げるクチュリエール。わたくし達は二人で一人。あなたが輝いてこそ、わたしも輝くのだから、どちらが欠けても駄目なのだと。デザインに行き詰まって苦悩するわたくしに彼女がよく言っていた言葉ですわ」
ふっと柔らかく微笑んだアラクネはアルバムへと視線を向ける。
今のイルサとは別人のように。
写真の中のイルサはそのどれもが楽しげに、心から笑っている。
「自由にデザインし、自在に衣装を作り上げる。そんな日々がずっと続くのだと思っておりました。イルサの実家は衣服店を営んでおりましたから、そこにわたくし達の衣装を飾り、いずれ中央通りに王国一の衣服店を経営するんだという夢を膨らませて……ですがそんな夢は卒業間近でついえました。彼女の実家である衣服店の経営が傾き始めたのです」
思い出すように瞼を閉じたアラクネ。
それはまさに青天の霹靂であった。
結婚することになったのだと、イルサの突然の告白。
卒業したら結婚相手の事業を手伝うことになったから、あなたのクチュリエールにはなれそうにないと。
あなたが素晴らしいデザイナーになることを心から応援していると……まるで他人事のように言われて、アラクネは頭が真っ白になると同時に怒りが湧いた。
「わたくしもまだ子供でしたから。イルサの事情も知らず、彼女が夢を諦めて結婚することは酷い裏切りのように感じてしまったのです。彼女を酷く非難してそれっきり……いえ、違いますわね。わたくしだけがそれっきりだと思っていたのです」
机の上で開かれたアルバムをアラクネは指先でそっと撫でる。
仲睦まじく笑い合っている二人、二度と戻ることのない過去の幸せ。
まるで素晴らしいデザインをデザインブックに描き残すときのように。
イルサとの思い出がアラクネの胸に残り続けているのはこの時、この瞬間の想いが……人生で一番に輝いていたからかもしれない。
「彼女、わたくしがデザインした作品を貴婦人方に紹介してくれていたそうなんです。良いデザイナーがいるから一度、デザインの相談をしてみたらどうかと。わたくし、一人で頑張ったのだと思っておりました。イルサへの愚かな対抗心からがむしゃらに働き、いずれ王国一になって……あなたが捨てた夢をわたくしは叶えたのだと、あなた以上に幸せになれたのだと。それ見たことかと見せつけたかったのです」
「どうしてその事実を、知ることとなったのですか?」
「それはごく最近のことでした。そう半年前……手紙を、手紙を受け取ったのです」
シアが小さなポシェットから一枚の白い無地の封筒を取り出す。
受け取り見たそれはアラクネ宛ての手紙のようだった。




