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耳を塞いだ者①

「巷を騒がす強盗事件を解決できない警察が、何度でも話を聞きくることは想定内ですが……そちらの一般市民はどういった理由で共にいらしたのですか?」


 王国の商業街、立地も地価も素晴らしさを誇る中心地に事務所を構えるブリッジス弁護士事務所。

 商会法務専門のその事務所の一室。

 木目調のシックな内装に、嫌味のない金細工が施された家具の一つである整頓された執務机の後ろ。

 窓の外を走る馬車を見下げるように向けていた視線を室内へと戻した女性は、ふんぞり返るように座っていた椅子から至極面倒くさそうに立ち上がる。


 中央にサファイアの輝く楕円のバレッタで留められたクリーム色のひっつめ髪。

 スラリとした長身に、白地に金の刺繍が縫われたヴィジットとロングのフレアスカート。

 色白く面長で高い鼻筋、眼鏡チェーンを撫でるようにして人差し指の関節でフレームを持ち上げたメイ・グリンダは、蔑むような視線をニールとラックに向けそして、明らかに警察と共に来るには相応しくないクリスティアを見る。

 いや、世間が噂をしている渾名を考えればある意味相応しいのかもしれない。


「どうぞ、わたくしのことはお気になされないでください。諸事情があり、事件を調べているだけですわ」

「ハッ!どんな権限があって事件を捜査しているというのです?警察もどういうつもりなんですか?捜査に関係のない一般市民を引き連れてくるだなんて……権力に平伏していますと堂々たる宣言でもして回っているんですか?飼い犬のように尻尾を振って嘆かわしい。司法の番人として恥ずべき行いであると考えるべきではないのですかね」


 尻尾を振っているつもりはなく、対人警察としてもクリスティアの横やりは目に余っているのだが。

 事件の捜査をすることが当たり前だと言わんばかりのクリスティアの態度に、誰か苦言を呈する者はいなかったのかと、メイの文句はグチグチと止まらない。


 とはいえ彼女は権力に屈している警察の在り方について、正義感から一市民として忠言を呈しているというよりかは、今自身が抱えている厄介事が解決できない苛立ちをぶつけているだけであって。

 単純に言えばただの八つ当たりである。

 本来のメイならば警察が一般市民を頼ろうがなにをしようが、彼女の懐にお金が入るわけではないのだからどうでもよく、好きにすればいいというスタンス。


 だが今はなにもかもが腹立たしいのだ。

 腹の虫が悪いときに来た丁度良いサンドバックを、遠慮無く殴るメイの常とは違う刺々しく正義感溢れる姿に、微笑みの形を作ったままの表情でクリスティアが合図をするように軽く手を上げる。

 その合図を見てルーシーが鞄から一つの書類を取り出すと、それを叩きつけるように机へと置く。


「あなたが担当なさっているカネル商会の不正取引の証拠です。脱税の罪を着服とすり替えられたようね。あなたがしてやられるなんて、相手が一枚上手だったのかしら?」


 それはまさに今、メイの頭を悩ませている問題であった。

 結婚適齢期を過ぎ、周りが結婚する中で平気なフリをしていても焦っていたメイ。

 そんなときに現れたまさに運命の王子様、それがカネル商会の若当主。

 好みも趣味も合い、価値観も似ているまさに運命の相手だと思っていたのに。

 それは全て演技で、あの男は最初からメイを脱税のスケープゴートにしようとしていたのだ!


 純粋な恋心を弄んだクソ野郎!

 貴族の娘との婚約を隠していた浮気野郎!

 絶対に許さない!!

 地獄に叩き落としてやる!!!!


 復讐の炎を身の内に宿したメイは、薄暗かった瞳に光を宿して書類を取ろうとするが。

 すんでの所でルーシーに奪われる。

 フッと鼻で笑うかのようにメイを見下ろすルーシー。

 その視線を後頭部に感じながら伸ばした手を握り締めて、ぐぐぐっと悔しげに歯を噛むが、すぐに肩の力を抜き握っていた掌を開く。

 余談だが、ルーシーとメイは学園の同級生である。

 だが、友人ではない。


「ふぅ。素晴らしい取引だと言って欲しいのでしょうけれど、交換条件としては妥当ですね。分かりました、協力は惜しみません。事件が解決するためならば、権力の犬にだろうと成り下がる警察の心意気は感嘆に値します。で・す・が!私がお話しできるのは守秘義務の範囲だけですからね!」


 見事な掌返しである。

 自分もしっかり尻尾を振っているではないか。


 あの男を地獄へと落とす証拠を、喉から手が出るほど欲しているが、それを悟られるのがプライドとして許さず。

 平然を装いつつも再度眼鏡をあげたメイは、協力する姿勢を見せたのだからとルーシーに向かって手を差し出す。

 クリスティアが渡すように頷くのを見て、ルーシーは書類を渡す。


「それで、どの強盗事件の話をお聞きになりたいのでしょう?こちらで契約しているのは事件のほんの一部の商会で、全てではありませんよ」


 受け取った書類を吟味したメイは、その素晴らしさに胸をときめかせる。

 これで完膚なきまでに叩きのめせる。

 あの腐れ詐欺師め今に見ておけ。

 誰に手を出したのかを思い知らせてやる!

 内から外へと溢れ出した炎を纏い、ニンマリと笑う。


「強盗殺人事件となったリエイト商会について、特に話しをお聞きしたいのですけれど」

「あぁ……リエイト商会、ね」


 唯一、殺人事件の起きた商会。

 確かに、今はブリッジスの担当でありメイが受け持っている。

 赤い悪魔クリスティア・ランポールが好みそうな事件であると納得したような顔をして、書類を机に置くと対人警察を見る。


「いいでしょう。ただ私達もリエイト商会との契約は今年に入ってからですので、そちらの警察にもお伝えはしましたが詳しくは分かりません。事件後も取り立てて深く関わってはいませんし。あそこは取締役であった夫が亡くなって、うちとの契約もですが経営すら……どうなるか分かりませんからね」


 代わりに商会を運営することになるであろうイルサとはまだ話ができていない。

 というか話ができる状態ではなかったので、病院からの退院を待っていたのだが……退院しても音沙汰がなくてこちらも困っている。

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