口を閉ざした者④
「そうして子供ができないから、養子をとなったのですね?」
「いえ、もう一つ要因があります。薬は定期的に同じ方法で彼女に渡していました、けれども薬に頼りすぎるのは良くないので……イルサに不妊治療の検査をしたいから、王立病院で検査をするようにとあの男を促してくれと頼みました。不妊の原因はあの男にあるとカルテを改ざんするからと」
医者としてはあるまじき行為であることは分かっていた。
だがいずれイルサがなにかの切っ掛けで子供を持ちたいと考えたときに、今まで飲んでいた薬の影響が体に無いとは言い切れない。
今後のことを思えば、最小限の使用で留めておきたかった。
ネイサンはイルサが子供を持つことに積極的になったことが嬉しかったのか、まんまと王立病院へと足を運び検査を受けた。
そして不妊の原因が自分であると、突きつけられたのだ。
産科から肩を落として帰る後ろ姿を影でこっそりと見ていたカールは、小気味よい気持ちだった。
これはまさにそう、因果応報だと。
「それでも一応、薬の提供は続けていましたが……ある日を境に、イルサは隠していた薬を受け取らなくなったのです。薬の正体が知られてしまったのか……随分と気を揉みましたが、しばらくして子供は諦めて養子を探すことになったのだとの手紙を御者から受け取り、安堵しました」
これ以上の薬は必要ないから、今までありがとうという……それはある意味イルサからの別れの手紙であった。
カールは複雑な心境だったものの上手くいって良かったと思った、心から本当に良かったと。
「そして訪問診療をしている孤児院でたまたまネイサン・リエイトを見たときには、ぶん殴ってやろうかと思いましたよ。でも一緒にいたイルサを見て、思い留まりました。なので今度はこっそりと、怪我の治療をしていたんです。それからは、彼女が何処の孤児院に行くのかを調べて、子供達の定期健診と偽り同じ場所へと向かい、隠れて彼女の治療を行っていました」
「それはどうやって調べたのですか?」
「御者にお金を渡して、日程を聞き出しました。いつも同じ御者でしたから、わけないことです」
一度絶たれた関わりが再び繋がったことは、幸運か運命か。
カールはその繋がりを手放さないように、より慎重に行動をした。
イルサの役に立てるように、いつでも逃げ道になれるように。
治療をしながらカールはいつだって、君の力になると、もし助けが必要ならばいつでも言って欲しいと……ただ負担にはなりたくないから無理にとは言わないと伝えていた。
誰も味方はいないのだと思わないように、この世界で彼女が孤立してしまわないように。
「私は……口を閉ざした意気地無しです。苦しむ彼女を救うことができなかった……いっそのこと私が、私があの男を告発していれば。いや、殺していれば……」
自分が口にしようとしたことが、どれだけイルサを苦しめることになるのか。
気が付いたカールは、ハッとした様子で口を噤む。
それこそ本当に、ゴシップ誌の格好のネタだ。
「カール様が事実、そのようなことをなさっていたのならば……イルサは傷一つ負うことはなかったでしょうね」
カールの心の中を見透かすしたように、確信を持って告げるクリスティアを見て。
観念したようにカールは苦笑う。
「こんな顔なもので、医者になるより騎士になれと周囲からは言われ続けていました。それがお似合いだと。けれど彼女だけは、自分がなりたい者になればいいと……背中を押してくれたんです。彼女は私の初恋です。いつだって勇気がなく見ていることしかできなかった恋でしたが、今でも一番に輝いている恋です」
私本当は不器用なの、針だって何度も指に刺しちゃうし。先生からは頭が良いんだから、弁護士になったほうがよっぽとマシだって呆れられたわ。でもね私はドレスが好きだから、自分で作るのが楽しいから、クチュリエールになるの。人と戦うより人を治したいと思っているのならば、顔が怖くたって医者になるべきよディッシュくん。
被服室で自分が縫い上げたドレスを身に当てて、この服で誰かが幸せそうに踊る姿を見たいと……くるくる回りながらダンスを踊る輝かしいイルサの姿を今でも覚えている。
窓から差し込む茜色の日差し。
カーテンが風になびくように、ドクリドクリと胸が激しく脈打つ。
いつまでも鮮明に、色褪せることはない光景。
カールが淡い恋心をイルサに伝えることはなかったが、きっと彼女を見つめる眼差しが、触れるのを躊躇う指先が、その思いを雄弁に語っていたことをイルサは感じ取っていたのかもしれない。
だからイルサはカールを頼ったのだ。
カールがその頼みを断れるはずがないと分かっていたから。
それが打算であったのだとしてもいい。
あの時、道を示してくれたイルサの役に立てたのならば、この初恋に報いることができたのだと……カールは後悔なく、優しく微笑み。
そしてその優しさは到底騎士には似合わないと、クリスティアもまた微笑んだのだった。




