表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
682/695

口を閉ざした者③

「後半は与太話ですが、前半はその通りです。ネイサン・リエイトは表では善人の仮面を被った聖人ですが、裏ではイルサに手を上げるような極悪人でした。私を犯人たらしめたいのならば勝手にすればいい。だがイルサは……彼女は純粋な被害者です。私の存在が知られれば記者は、面白可笑しく書き立てると理解しています。だからこそイルサに迷惑はかけたくないのです。公女が私の話を信じるかどうかは分かりませんが、どうか今からお話しする話は他言することのないようお願いいたします」

「かしこまりました。記者にお話しすることはないと誓って断言いたしましょう。ゴシップというものにはわたくしも、大変迷惑をしておりますから。ですが、必要であれば対人警察とは情報を共有させていただきます。彼らは犯人を捕まえるために尽力しておりますし、犯人逮捕はイルサのためにもなるでしょう」

「……分かりました」


 対人警察に話すのもあまり納得した様子ではないが。

 犯人が逮捕され事実が明らかになれば、ゴシップ記者がイルサの周りをうろつくこともなくなるだろう。

 頷いたカールは過去を思い出すように、ソファーへと身を預けて瞼を閉じる。


「イルサとは学生時代の友人でした。彼女は意力的で、自分の夢を明確に持ち、叶えようと努力を惜しまない人でした。よく一緒に居たデザイナーの友人とお店を持つのが夢なのだと、楽しげに語っていたんです。けれど彼女は学園を卒業後すぐに結婚をしてしまい……それは家のための結婚だったと聞いています。それから私とは会うことはなく、再会したのは一年ほど前です」


 フッと笑みを浮かべて瞼を開く。

 急いで行われた結婚式は友人が招待をされることはなく、親族のみの簡単なものだったと聞いている。

 だからか、彼女が結婚をしたことに現実感はなく。

 家族のために夢を諦めるしかなかった彼女の境遇を憐れみ、そんな彼女を救うことのできなかった自身の不甲斐なさがただ腹立たしかった。


 だがその感情は、日々の忙しさにすぐに過ぎ去っていく。

 現実を知らず夢ばかりを見て、知った気になっていた世界は思った以上に過酷で、なにかを考える余裕はなく。

 医者として忙しい生活を送りながら十分現実を知り、日々の生活に余裕が出て来た頃、カールはボランティアで使用する子供用のおもちゃ(健診を受けたことの褒美として渡している)を買いに来たショップで、イルサと再会したのだ。


「彼女は友人に助けられて、私に会うことができたのだと言っていました。だから時間はないのだと。彼女は……彼女は友人としてただ一つ、私に頼んできました。強い避妊の薬が欲しいと」


 イルサを見てカールは元気そうで良かったと、脳天気に再会を喜んだというのに。

 何処か怯えているように辺りをキョロキョロと見回しながら、学生時代より随分と痩せて小さくなった気のする彼女が告げた言葉に。

 子供達の声で賑わう店内の音が全て消え、カールの心に凍るような静寂が訪れた。


「その理由はすぐに分かりました。彼女は服の下に隠された痣を隠すように私に見せてきましたから。夫から酷い暴力を受けている、そんな人との子供は望んでいないから薬が欲しいのだと……」


 なにもかも驚愕の話であった。

 カールは時折、人伝にイルサが幸せであることを聞いていたからだ。

 リエイト商会主は人格者で妻をとても大切にしている、うちの旦那とは大違いっと、わがままな商家の夫人、愛人、etc.


 そういった者達からの評判は本当に素晴らしく。

 非の打ち所のない夫だという話に、良い人の元に嫁いだのだと思っていた。

 あの体に刻まれた痛々しい痣を見なければ、イルサの言葉であったとしてもカールは疑っていたはずだ。


「私は驚き、警察に行こうと話しました。すぐに離婚をするべきだと。けれども彼女は聞き入れませんでした。そんなことをすればもっと酷いことが起きる、家族には良くしてくれているからお願いだから黙っていて欲しいと……私を信じて話したのだと」


 それは、人質のようなものではないか!

 理不尽な状況を受け入れ、諦めていることへの憤り、カールはなんとか説得しようとしのだが。

 縋るように懇願するイルサを見て、それ以上なにも言うことはできなかった。


「もし願いを聞いてもらえるならば、三日後の同じ時間にこの店に馬車を手配するから。薬をその馬車の座席に隠して欲しいと」

「お持ちしたのですか?」

「……はい。私が手配しなくても、彼女は別の方法を使うでしょうから」


 市販薬の長期服用は体に負担も大きい。

 それにそれがネイサンに知られて、もっと酷い暴力を受けることになるくらいならば。

 絶対に見付からないように、知られないように、自分が準備をしたほうが間違いがないと考えたのだとカールは項垂れるように頷く。


 その期間、カールは対人警察署の前に何度も足を運んだ。

 だが実際に中に入ることはできなかった。

 イルサの必死の眼差しが、カールの足を重くさせたのだ。

 だから彼は、彼女の望む薬を渡すしかなく。

 更にラベルを体に良いとされている栄養剤と張り替えて、万が一ネイサンに見られても誤魔化せるようにしておいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ