口を閉ざした者②
「……そうですか。ではお互いの意見が一致しているのでしたら、この度のお話しは無かったということでよろしいですね?院長には私のほうから説明をしておきましょう」
「いいえ、必要ございませんわ。院長にはもう子細全てをお伝えしておりますから」
「それは……どういうことでしょう?」
ここに来る前に病院に誰か人を送ったのか?
ならば尚更話すことはなく、門前で追い返せばよかったのにとカールは訝しむ。
帰ろうと立ち上がりかけたカールの前へとまるで長居でも促すように、ルーシーによって湯気の立つティーカップが置かれる。
「カール様には別に、お話をお伺いしたいこともあるのです」
「別に話?話とは?」
どうぞっとティーカップを示されるが、公爵家のご令嬢と話すことなどもう何一つとして無い。
今度は公爵家のお抱えになって欲しいとでも頼んでくるつもりなのか。
なにを言われたところでカールの答えは決まっているので、挑むように完全に立ち上がると背筋を伸ばしてクリスティアを見据える。
「イルサ・リエイト夫人について、お伺いしたいのです」
その名を聞き、時が止まったようにカールの呼吸が止まる。
瞼を見開き、息を止め、表情を強張らせる。
これが目的だったのだと理解した瞬間、公爵家の令嬢、クリスティア・ランポール、通称赤い悪魔の名称がカールの頭を駆け巡る。
病院の備品が何か無くなれば、彼女に解決を頼みましょう。
そんな風に面白可笑しく揶揄する看護師達の話をあれほど聞いていたというのに、何故忘れていたのか!
探偵の真似事をしているということを完全に失念していたカールは、思いもよらなかった名を呼ばれたことで、どうして自身が此処へ呼び出されたのかその理由を理解する。
コツリとわざとらしい足音を立てて、ルーシーが扉の横に立つ。
カールは兵士達の手当ても多くするので、王宮の騎士にすら勝つという侍女の噂はよく知っている。
この場から逃げられないことを悟り……ゆっくりと椅子へと座り直したカールは、伸ばしていた背を前のめりにし、腿に置いた手を組む。
まるでその内側になにかを守るように。
「さぁ……一体、誰のことでしょう」
「対人警察より、お話しをお伺いしております。親しいご友人だったそうですわね?」
「……昔のことです」
「カール様。イルサ夫人はこの孤児院で行われた先のチャリティーイベントにいらしておいででした。そしてゴシップ記者に追われてもおりました。ああいう者達の記事というものを拝見されたことは?1%の事実に基づく99%の創作。ですが見る者によっては、100%の真実。特に商売敵達にとってはよい火種となるでしょう。カール様が魔女狩りをお望みでないのでしたら、わたくしは十分にお力になれるかと思うのです」
「はぁ……夫人と呼ばないであげてください。彼女を尊重しなかったあの男に、配偶者としての資格はない」
深い溜息を吐いたカールは皺を寄せた眉間を押さえる。
対人警察もそうだったが、どうやってイルサとの関係を知ったのか。
細心の注意を払っていた。
イルサに被害が及ばないようにと、慎重に行動をしていたというのに。
所詮素人の浅知恵。
詰めが甘かったのか、どれだけ隠していても誰かに知られてしまう。
ハイエナのようなゴシップ記者ならば尚更、いずれカールとの関係を嗅ぎつけてくるかもしれない。
それだけは避けなければと、クリスティアの力を借りるためにカールは諦めたように頷く。
「えぇ、そうですね。確かにあのような輩は本当に厄介です。イルサも……随分と苦しめられています。ようやく、夫から開放されたというのに」
頷いた顔を上げて、クリスティアを見たカールの表情はすっかり悄気ている。
彼女を助けるためにはどうしたってあと一歩、力及ばずでしかない不甲斐ない自分に。
「それで、何処までご存じなのですか?」
「イルサが夫から日常的に暴力を受けていたこと。その傷を孤児院を隠れ蓑にして、カール様が治療していたのではないかということ。そしてあなたがイルサの情夫であり、この度の強盗殺人の実行犯ではないかと、記者の追及が始まるのではないかとの危惧」
事件時にカールにアリバイがあったとしても、ゴシップ記者には関係ない。
紙面に踊るのは、夫から暴力を受ける恋人を救った美談になるのか。
もしくは夫の商会を奪おうと暗躍する悪妻の共犯になったとの醜聞になるのか。
目を閉じたアイーゼに怖いモノなどなく、自身が面白いと思った方へとペンを動かすはず。
そうなれば、イルサもカールも無傷ではいられない。




