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口を閉ざした者①

「クリスティア・ランポールと申します。どうぞお座りになられてくださいカール・ディッシュ様」

「えぇ、どうも」


 つい最近大規模なチャリティーイベントが行われた孤児院は、すっかりいつも通りの日常を取り戻していた。

 門前で馬車から降り、運動場を駆け回る子供達の間を通り抜けながら、職員に案内された客室。

 シンプルな木目調の内装の室内で、まず出迎えたルーシーが来客者のホンブルク帽とアルスターコートを預かり、扉近くのポールハンガーに掛ける。


 赤毛の髪をきっちりと後ろに撫でつけ、濃いオレンジ色の吊り上がった瞳。

 がっちりとした体躯の長身で、向かい側の茶色い革張りのソファーを座るようにと示すクリスティアを見下ろすように近寄り、怪訝そうに見つめる。

 医者というより騎士のような迫力のあるカール・ディッシュは、整えられた口髭で幾分かその迫力は押さえられているが、小児科にいれば子供が泣きだしそうな風貌である。

 現にここに来る間にすれ違った子供達は皆、カールを見て逃げるか隠れるかしていた。


「ランポール家のご息女が支援している孤児院だと聞いてはいましたが……まさか直接ご本人がいらっしゃっているとは思いませんでした」

「わたくしが支援しているからこそ、直接お話しをお伺いするべきだと思ったのです。どうぞ気軽に、わたくしのことはクリスティーとお呼び下さい」

「では、私のことはカールと」


 公爵家のご令嬢の要望で、孤児院に話を聞きに行ってくれと院長に言われたときは、なにかの間違えではないかと訝しんだ。

 医者というには似つかわしくないカールの風貌は大体において尻込みをされることが多く、それは年齢が若ければ若いほど顕著であるからだ。


 こんな顔の男を孤児院に出入りさせるとは、何処かで名前だけ聞いて呼び出したのか。

 どうして自分に白羽の矢が立ったのかは分からないが、身分を盾にして無理難題を押しつけるつもりならばこの顔で撃退するつもりでいたのだが。

 予想に反してクリスティアに怯えた様子はないので、カールは少しばかり虚を衝かれながらも。

 怖気た態度を取らなかったことに好感を持ったので、眉間の皺が少しばかり柔らかくなる。


「それで。この度はこちらの孤児院に常駐医をお求めだと、院長よりお聞きしたのですが」

「子供というものは元気が有り余っているのは、ご職業柄お分かりになられていることでしょう。わたくしの孤児院はお預かりしている子の人数も多いので、そのぶん怪我も多いのです。チャリティーイベントの時にも、多少の混雑で不測の事態もございました。ですので公爵家に常駐してくださっている専属医のような、怪我や病気にすぐに対応ができる医者がこの孤児院にも居ればよいと思ったのです」

「まぁ確かに、そうですね」


 良い志だとは思う。

 これだけの規模の孤児院を運営し、維持するにはそれなりの費用が掛かるというのに、運営費を削るどころか更に常駐医を置こうとするとは……思いつきだとしても、見上げたものだ。

 さすが公爵家のご令嬢、浮き世離れしているというか。

 子供達にとってはいい環境であるに違いない。


 だが一方で、そういった常駐医に見合うのはある程度経験のある老齢の医師か、もしくは向上心のない医師であるほうが望ましい。

 カールはこの見た目から子供には恐れられているし、クレーム対応要因で表に出されることも多々あるが、それでも王立病院で医者として働けていることに誇りを持っているし、それに見合う向上心も持っている。


 医者という職業を選んだからには多くの人を救いたい。

 そのために大きな病院で多くの症例に触れながら、往診や訪問診療、休みの日にはボランティアをしている。

 患者のためになる必要な知識は貪欲に手に入れるつもりであり、そのために王立病院の医者という肩書きは一番に必要なもの。

 それらを全て捨てることになる常駐医になど、なっていられない。

 壮年の意力があるカールが求めている条件に、この孤児院の常駐医は合うわけがない。


「ですが子供達をお預かりする施設として、そういった怪我の治療に関するある程度のプロセスは、既に構築されているのではないのですか?今更それを変えるのは、支援してくれている者達への不義理となるでしょう」

「えぇ、そうなのです。考えれば擦り傷のような軽いものでしたら職員が治療いたしますし、近くの個人医院との提携もございますので。常駐医など不必要だと、わたくしも考えを改めました」


 カールは自分が常駐医になどなりたくないから、尤もなことを言って否定したのだが。

 反感を買うかと思ったが、意外にあっさりと肯定をされ拍子抜けする。

 だったら何故、カールを呼び出したのか。

 無駄な時間を過ごしたことに、不平を口にしようとして止める。


 どれだけ気安く振る舞っていても相手は公爵家の令嬢、不遜な態度は許されない。

 貴族の移り気など珍しいことではなく、もしかするとカールが来るまでの間に考えが変わったのかもしれない。

 それに、カールは元々この提案を断るつもりであったので、止めると言っているのならばそれに文句を言って、余計な反論を買う必要もない。

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