第49話 エルフは眠らない。ただ悶絶するのみ
エルフであるサイは、眠る必要がない。
だから、周囲を警戒する役割を買って出た。
エメフィーをはじめとする、と言うか現在マエラがまともに動いていない以上エメフィーしか指揮出来る者がいない。
そのエメフィーは今日一番活躍して、明日も大いに役立って欲しいと思っているサイには休んで欲しいと思っており、そう言われた。
だが、それでもさせて欲しいと懇願して、させて貰った。
与えられたテントでじっとしていると、先ほどの事を思い出してどうにもおかしくなりそうだからだ。
だからここは、精神を緊張させ、明日に切り替えたいと考えた。
先ほどの事、というのは、いきなりエメフィーたちに専用風呂に連れて行かれた一件の事だ。
サイには人並みの羞恥心がある。
当たり前だが、エルフだからと言って女の子としての感情がなくなるわけではない。
エメフィーが男性だからと言ってその忠誠は変わらないが、男性に裸を見られるのは恥ずかしい、という、ごく一般的な感情で、恥ずかしさのあまり動くことも話すことも出来なくなったのだ。
周囲に助けを求めようにも、シェラもアメランもエメフィー側だったし、弓隊仲間たちも、殿下と隊長たちの間にわざわざ割って入って来ようとは考えなかった。
何しろ、サイがエメフィーに「可愛がられる」のは日常の事で、いつもは勇ましい隊長殿の恥ずかしがる姿を見て見ぬふりをするのが弓隊内の暗黙の了解事項でもあった。
だが、それには、何とか耐えた。
他の隊長たちが恥ずかしがっていない以上、自分の方がおかしいのだと考えて頑張って耐えた。
だが、エメフィーはその時、信じられないことをした。
「サイって下の毛は何色なの?」
そう軽く行って、サイはひょい、と持ち上げられた。
尊敬するエメフィー殿下。
この人が男性であることは、この前知った。
その王子(男性)が眼前でまじまじとサイの股間を見る。
精神は、強い方だと思っていた。
何しろ数十年もの間、メイド見習いで耐えて来たのだ。
周囲もそう認識しており、誰もサイが弱いなどと思っていないだろう。
だが、あの時、あまりの恥ずかしさに動転して、泣いてしまった。
それは、あってはならないことだ。
何しろ彼女は、身も心もエメフィーに捧げたのだ。
エメフィーが見たい、と言えば喜んでお見せするのが正しい彼女の姿であるし、そんな心づもりでいた。
だが、実際に見られるとあまりの恥ずかしさに何も出来ず、気がつけば泣いていてエメフィーを、困らせてしまった。
あの場で恥ずかしがっていたのは自分だけだ。
他の隊長たちは皆、既に覚悟が出来ていて、堂々と包み隠さず見せていたのに、自分だけ覚悟が足りなかった。
反省して、次にはちゃんと心づもりをしておかなければならない、と考えていた。
実際のところ、他の隊長たちはまともな貞操観念を持っているとは言い難い。
シェラは幼いころからエメフィーと一緒に風呂に入っていて、今更恥ずかしがることもなく、また、将来はエメフィー王子の元に嫁ぐ予定なので、当然の事でもある。
アメランはそもそもあまり人に会わずに暮らしてきたため、あまり羞恥心という観念がない。
だから、一般的な女の子という事を考えると、サイが一番それに近いのだ。
だが、彼女はずっと自分だけが異なる種族であり異質である、という負い目があり、自分はどう思っていても、周囲がそう思っていなければ自分が間違っていると思い込んでしまうのだ。
だから、深く反省するのみだ。
反省しつつ辺りへの気配りも欠かさない。
エルフは森の一族で、妖精でもある。
周囲の森の異常もすぐに分かるし、テントの中の気配まで感じ取れる。
もう寝ている者、まだ起きて、今日あった一連の出来事にひとり、身を震わせている者、異常な息づかいをする者──。
「っ!」
咄嗟に走り、一つのテントに入って、迷わずテントの中で短剣を掴んでいた腕をつかむ。
「……何をするおつもりですか、参謀殿?」




