表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

渡辺の幸せ、明智の災難

 ふんふんふ~ん♪

 ただいま授業中でございます。退屈な数学の時間も、今の私には至福のじ・か・ん。

 だってだって、前を向けば目に入るのは愛しの彼の後姿。今日の席替えで、このスペシャルな席(前から二番目の窓側)をGETしたのです。

 スッと伸びた背筋、絹のようなしなやかな栗毛、意外とがっしりとした背中。

 ああっ、手を伸ばせば触れることのできる、この至近距離。もうサイッコーでございます。

 しかし約束しましたからね。触れぬように気をつけて、背中に顔を近づけて大きく深呼吸。

 はぁあああああっ。消臭剤の陰に潜む汗の匂いにクラクラします。心地よい酩酊感に酔いしれますわ~。


「渡辺」


 何だろう。香水をつけていないはずなのに、人を惑わすこの匂い。も、もしや、ふぇろもんというものなのかしらん。


「渡辺」


 世が世なら傾国レベル! 危険度MAX! しかも鬼レベル! 


「こぉら渡辺! 聞こえているなら返事ぐらいせんか!」

「……ぁう、なんでござりまするか」


 気づいたら真横で青筋を立てている数学教師、通称メガじぃ(眼鏡をかけているじじぃ、略してメガじぃ)。


「……黒板に問い3の答えを書きなさい」


 怒りを必死に耐えているご様子のメガじぃ。どうやら当てられてしまった模様です。

 小声で「御意」と呟き、ノート片手に立ち上がります。明智くんの横を通りかかる瞬間に彼をチラ見。案の定ガン無視。はぁあああ、放置プレイ、万歳!


 黒板の前に立ち、いざ行かん、問い3。ノートに視線を落とす。

 ……はれ? 問い3、まっしろけ。っていうか、ぜんぶまっしろ。

 おーまいごっとぉおおお。明智くんに夢中で一問も解いてなかったぁあああ。

 今日は日付と出席番号の下一桁が一緒だから、絶対当たるって思ってたのに。不覚。神様ばかぁ!


「渡辺、どうした。早く書かんか」

「あぅ……しばしお待ちを」


 仕方がない。この場で解こう。書きながら解こう。

 えっと……えっと……。

 あぅ……ノート同様、マイ脳みそもまっしろけっけ。

 そもそも問題がわからん。白紙なポンコツノートよりも教科書を持ってくるべきだったのか。ミス、致命的ミス!

 ダラダラと嫌な汗をかいてメガじぃの視線から必死に逃げていると、明智くんとバチっと視線が交差しました。彼は小馬鹿にしたような視線で語っています。


 ――――そんな簡単な問題も解けないわけ? 猿以下の脳みそだな。動物園に帰れ。


 ズッキュ――――ン! 心臓撃ち抜かれました。

 はぁはぁ、ヤバい、クラクラする。

 頭を抱えながらふらつくと、さっきまでお怒りだったメガじぃが心配そうな声を上げる。


「おい、どうかしたのか?」

「だ、大丈夫でござる。少々めまいが……」

「めまい? 保健室へ行くか?」

「行きませぬ! 這ってでも授業は受けまする!」


 合法的(?)に明智くんの至近距離にいられるのに、一人ぼっちな保健室など行ってたまるかってもんだ。


「渡辺……お前、そこまで私の授業を……」


 何やらメガじぃの感激を誘ってしまったようです。まったくの勘違いですが、そのままにしておきます。


「体調不良なら仕方がない。じゃあ……渡辺の前の席の明智。代わりに問い3をやってくれ」

「……はい」


 運悪く、メガじぃと目が合ってしまった明智くんが当てられてしまいました。とばっちりです。

 ものすっごく嫌そうに返事をした彼は立ち上がり、黒板の前へやって来ました。そばにいた私にだけ聞こえるぐらいの「チッ」という小さな舌打ちをした後、すらすらと答えを書いていきます。

 私はというと、


「……ぅう」


 舌打ちを聞いた瞬間、その場に蹲って両手で顔を覆います。


「おい、保健室に行った方がいいんじゃ……」

「いえ」


 私は今、幸せを噛み締めているだけなので放置希望です。

 舌打ち、舌打ちって……

 愛の言葉と同義語じゃないか!

 頭の中には彼の罵詈雑言(「完全とばっちりじゃねーか、この屑が」「てめーが馬鹿なせいだぞ。跪いて地べたに額擦りつけろ、この無能が」などなど脳内妄想)がこれでもかっていうぐらい流れてくる。

 私の顔はきっとこれ以上ないほど真っ赤でしょう。授業中でなかったら、窓の外へ向かって大声で歓喜の雄叫びをして身悶えていることだろう。

 神様……馬鹿なんて言って申し訳ございませぬ。そしてありがとうごぜーます!

 ああ、授業中でなければお礼参りに伺うところなのに。


 そんなことをしているうちに、答えを書き終えた明智くん。席に戻りがてら、進行方向に座り込んで進路妨害している私めに「邪魔」と冷たく吐き捨て、すれ違いざまに思いっ切り足を踏みつけて行きました。

 ……ヤバい、動悸息切れが止まらん。


「はぁ、はぁ……」

「渡辺、保健室へ行け!」

「断固拒否でござる」


 しつこいですぞ、メガじぃめ。さては貴様、敵か!

 今日は一体何だろう。こんなにご褒美をもらっていいんだろうか。

 もう幸せすぎて、


「死んじゃいそう……」

「保健委員! 連れて行け!」


 連行される前に、チャイムが鳴りました。私の勝ちです。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ