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八話




 迷宮の最深部には、迷宮を生み出す根源、武器が鎮座する。

 王の如く、冒険者たちを見下すように。


 かつて降り注いだ武器たちの中、それはきっと伝説を謳うにも満たない錆びた刃。しかし鋭利に、大地に深く突き刺さった。

 ロッド村の近隣クガイの森へ落ちた武器は、きっとしょうもない刃だ。語るも無駄な、脆弱な武具。だがしかし、時に刃が人を傷つけるように、武器の強靭に比例した魔獣たちを生み出して、確かに人々を苦しめた。かつて平和な世界に恐怖を脅かした迷宮は、人々に苦痛を残していったのだろう。


 終わりが近いと言うのなら、まさしく終わりは目の前にある。

 空洞の中を闊歩し、たどり着いたのは、あからさまに開けた空間だった。

 慣れた素振りで進んでいく騎士団のままに、ヒュノも歩みを進める。


 ――そこには、剣が鎮座している。


 波打つような刀身。レーヴァテインを激しい業火と例えるなら、揺らめく火炎を連想させる。ヒュノは、興味本位の一つとして聞いたことがある。


 フランベルジュ。

 詳しくは知らないが、その容貌どおり炎の剣らしい。

 つくづく炎と縁があると、ヒュノは場違いなことを思った。


「そうか、フランベルジュか」


 ミネルバの口にする剣の名前に、ヒュノは耳を寄せた。


「フランベルジュで斬り付けた傷口には、生々しい傷が残ると言う。美しい見た目には不相応に、死の剣と呼ばれることもあるらしい。……さて、それに納得はいったのだが、ここの番人は随分と警備を怠っているようだな」


 辺りを見回す。

 最深部に行くにつれて強力になっていった魔獣たちの長の顔を、まだ見せてはくれないようだ。父親の話を思い出して、ヒュノは逸る動悸を感じた。所詮話の想像でしかないが、父親の語りに煽られ、ヒュノの中の迷宮の主、番人に対するイメージは非常に強靭である。無論、七神器の迷宮の語りと比べるのは、少々期待しすぎだろう。


 ミネルバが鎮座するフランベルジュに歩みを進めたとき、迷宮が、確かに震えた。


「――なんだ!?」


 不意を衝いた地震に混乱して、思わず声が上がる。

 地震、などと自然の摂理ではないことも明らかだった。むしろ、そうだったほうがありがたいのだろう。

 空間に姿を現した魔獣は、ヒュノの想像よりも一回り大きな身体を揺らし、野蛮に吼えた。


「気を引き締めろ!」


 ミネルバは呆気に取られているヒュノを叱咤する。武器を取れと、張り上げた。

 レーヴァテインを抜き、剣先越しに魔獣を見据えた。


 ヒュノの想像を象程度だとすると、更に一回り大きな巨体。野蛮な咆哮を一身に喰らい、それだけで吹き飛ばされてしまうのではないかと。レーヴァテインで咆哮を切り裂くように持ちこたえ、ヒュノは騎士団全体に張り詰めている緊張に気付いた。

 名が体を成すままに、紅蓮に燃える魔獣。

 剣に視線を戻すと、更に熱く燃え盛る刀身に、ヒュノは綻びを隠せない。

 張り詰める緊張の中、一人笑みを零した。


 それは自惚れではなかった。

 確かな自身だった。勝てると言う、確信だ。


 あるいはそれは、七神器へのただの過信である。


「ウォォォォオオオオッ!」


 えらく情けない声が出たものだと思う。鼓舞する雄叫びはヒュノらしいと言えばらしいが、あまりにも安直に、感情のままに漏れ出した。待てと制止するミネルバの声も聞かず、魔獣に飛び掛った。

 傍から見ればそれは、恐慌した者の行動だった。


 レーヴァテインの一撃は魔獣の体に通る。ある意味過信したおかげで突き刺さるが、致命傷には遠く至らない。恐慌する剣は、語り継がれる伝説も意味を成さないらしい。ヒュノの手は、無残にも硬い肉を切りつけたような痺れを訴えている。

 あまりにも簡単に、ヒュノは振りほどかれた。


「ヒュノ君!」


 地面に身を打ちつけたヒュノの元にミネルバが駆け寄った。痛みにえづくヒュノがひと通り呼吸を整えたことを確認すると、うかつだと一言、一喝する。かろうじて手放さなかったレーヴァテインを杖に立ち上がり、ヒュノは再び魔獣を睨んだ。

 初めての体験だった。父親からレーヴァテインを託されて以降、魔獣にあしらわれたのは。

 最強の名の下に君臨する七神器を手に魔獣に競り負けたとあらば、いくら陳腐なヒュノのプライドと言えど傷がつく。

 ミネルバとの手合わせをしたとき、自分に七神器は不相応ではないかと考えた。

 実際こうなると、それを改めて突きつけられたような気がして、悔しくなった。

 残酷なことに、戦いの場においてそんな感情は、弱者としての象徴である。

 皮肉にも迷宮の中が弱肉強食の世界であるように、魔獣はヒュノへ追い討ちを掛けた。


「くっ……そぉっ!」


 地面に転がるように、紙一重で身をかわす。避けることしか出来ないことが、ヒュノの悔しさを上塗りする。ふさわしくないと、一言言われれば、レーヴァテインを手放すのも簡単だと思った。ふさわしくないのはヒュノ自身認める。それならば最初から持っていなければと。あるいは、それは仮の話に過ぎなかった。


 そういえば、と。

 ミネルバが、口にした。


「ヒュノ君には私の武器を紹介してなかったか?」


 ミネルバは、自慢の十字の矛を掲げる。

 獰猛な魔獣を前にして、真っ直ぐに佇むミネルバを体現するように。

 一条の槍がミネルバ自身を体現したかの如く。


「我が王より授かりし、我が魂の矛」


 ミネルバが唱えた。


「王都騎士、ガーネット騎士団の名の下に。我が名を叫ばん」


 ヒュノの不安を飲み込んでしまうような、大いな気迫を含みながら。


「――ミネルバ・ジルハーツ。七神器が一つ、『聖槍グングニル』!」


 ――いざ行かん、と。


 迷宮に、閃光が奔る。




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