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七話




「準備は良いか!」


 張り上げられた声を聞くと、やはり団長なのだと関心する。否、強さも申し分なく、統率力や騎士たちの信頼を見ても間違いなく彼女は団長だ。皮肉ばかりが口に出るが、ヒュノも心のどこかでミネルバを認めている。


「――オウッ!!」


 騎士団の、声が重なった。

 厳つい雄叫びに呆気取られ、ヒュノは身を震わせた。この中で居られることが、どこか誇りにさえ思う。いやいや連れてかれた当初より、少なくとも今は多少気分が良い。あるいは、案にロッド村のためだと言われてしまった所為だろう。

 ヒュノはクガイの森の迷宮の入り口を前に、雄叫びに触発され、昂ぶる気を抑えられなかった。


「さあ、行こう!」


 再び、雄叫びが上がった。

 それぞれ発する声が気合を入れる。ヒュノもつられて意味を持たない声を上げた。腹の底から上げる声は、喉を通して響き渡る。耳が受け入れる男たちの雄叫びも同様に、心地良かった。


 一歩踏み入れた迷宮の中は薄暗い。

 先は見えないが、かろうじて目の前は見える程度だ。初めて踏み入れる迷宮に、ヒュノは緊張を隠せなかった。広い空洞が広がり、脚を踏み出す砂利の音が響く。これだけの騎士の数、砂利の音はやかましいくらいだった。迷宮の中において、この騒がしさは魔獣を引き寄せる原因でもあるのだろう。


 それは恐らく、ロッド村に彷徨ってくるのは年に一回も満たないような珍しい種だ。ヒュノはかつてこの種の魔獣と対峙した記憶を探る。数回程度の記憶だが、実に手ごわかったのを覚えている。

 近隣で最もポピュラーな種と同じく四本足。猪に近い太い図体と比べると、しなやかで鋭い体つきをしている。猪と言うより、犬に近い。犬というより、狼と形容すべき魔獣。獰猛な牙をむき出しにして、獣臭いよだれをたらしながら歩み寄ってくる、三匹の群れ。相変わらずこれだけの数を前にして恐れをなさずに飛び掛ってくる。あるいは、見極めるだけの知性を持たないのだろう。


 おのおのが武器を取り出す中、ヒュノもつられて剣を抜いた。


 暗闇の中、煌々と輝く紅い光。刀身に走った紋様が炎のように燃え上がる。迷宮に共鳴するように、迷宮から生まれた七神器が呼応する。

 それは、初めての迷宮への、ヒュノの武者震いだった。


「みんな気をつけて、こいつらは結構強いっ」

「ああっ」


 メイルの騎士たちは武器を抜き、誰かのヒュノへの相槌は、鍔迫り合いの金属音に飲み込まれる。

 メイルの擦れる音、武器の軋む音。一際大きく、豪快に空を薙ぐ音が聞こえた。


「皆引け、私が相手取る!」


 我らの団長が武器を抜き、自慢の十字の槍を振り回す。魅了されるほどの武器裁き。豪快で、それでいて繊細な。ミネルバは勇ましい雄叫びで、十字の矛が魔獣の一匹を貫いた。上がる断末魔は弱肉強食の世界ゆえ、あまりに有り触れた自然の摂理だ。誰も、同属でさえも同情することなく、戦いは継続する。

 ミネルバは貫いた魔獣を振りほどき跳躍した。

 ミネルバの居なくなった空間へ、遅れて魔獣が飛び掛る。空中で器用に身を翻したミネルバは、そのまま魔獣たちを横に薙ぐ。獣臭く濁った鮮血が、迷宮の壁に飛び散った。


 見事な戦いぶりを見せられ、魅せられ、ヒュノは身を震わせた。

 どうにも自分との手合わせが本気ではなかったことを見せ付けられたような、そんな瞬間だった。不思議と悔しくもなく、むしろ清清しいくらいの心境である。流石だと、浮かんできた言葉を飲み下した。ちょうどガトリーが同じ言葉をミネルバへ向けていて、言葉にする気にならなかった。あるいは、騎士団に馴染んでいる自分がどこか憎かったのだろう。認めたくはないが、行動を共にし始めてからヒュノも騎士としての誇りのようなものを持ち始めている。

 さあ行こうと、ミネルバの淡々とした声に任せて頭を振る。思ったよりも払拭できない思考に付きまとわれながら、ヒュノは騎士団について歩いた。



  ◆  



「こうも入り組まれると、中々骨が折れる」


 ヒュノの弱音とは裏腹に、苦ともしないような表情でミネルバが呆けた。


「そうか? 我々は慣れているとは言え、魔獣も少ない、それほど苦とも思わないが」


 この場合、慣れていることがどれだけのアドバンテージか。ヒュノは迷宮の薄暗さと魔獣の獣臭さに気が滅入り、疲労を溜め込んでいる。迷宮の名の下に入り組んだ道筋も疲労に後押ししているだろう。本人に自覚がないこともまた、重苦しい空気を生み出していた。


「まあ励めよヒュノ君。着々と、終わりは見えているぞ」


 犬猿とも形容できるこの女との仲で、その言葉はある意味追い討ちを掛けるような一言である。むしろ火が着くようなヒュノの性格のおかげで、否、ミネルバはそれも計算した上で、空気は多少なりとも晴れてきた。終わりを見据える言葉も助長しているだろう。


 終わったらゆっくり寝ようと言う思考は、この場合旗立ての一つになるのだろうか。


「いたいけな青年を連れまわす騎士団を、許してはならない」

「先にも言ったと思うが、自分で言ってはせっかくの可愛らしい顔も廃るぞ」

「ああ。美人が言うのなら間違いない」


 皮肉の一つも言えるまで回復したところで、クガイの森の迷宮を踏み歩いていく。

 ヒュノにとって初めての迷宮は、こんな美人を連れ添って、さぞ充実したと言えるだろう。

 村に帰ったら、そう言いふらしてやろうとヒュノは誓った。




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