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六話




 クガイの森に出現する魔獣の中で、ロッド村への騎士団の来訪昨夜にヒュノが交えた魔獣は、もっともポピュラーな種である。騎士団の探索がそろそろ森の最深部へ及ぶ頃、猪を模したような、まだら模様の魔獣が騎士団の前に姿を現した。村の大人たち十数人が集まれば相手取ることも可能な程度の魔獣だ。

 だがしかし、一番見慣れたはずのヒュノから見ても、この魔獣は一回り大きい身体をしているように見えた。


「迷宮から彷徨い出てきたのだろうな」


 ミネルバが説明する。

 曰く、かつて迷宮の中から溢れ出た魔獣は外界に生態系を作ったそうだ。その辺りはおつむの弱いヒュノも知っている、この世界の常識的な歴史の一部である。そして今回の場合、迷宮の中から這い出てきたのだろうと言う。ヒュノはどういうことだと、説明を促した。


 外界に出ない魔獣以外に、迷宮の中にも生態系を築き、中には弱肉強食の世界が成り立っているらしい。より強き者が最深部を支配し、弱き者は食われ、迷宮を去る。この魔獣も、弱肉強食に敗れたのだろう。近隣で最もポピュラーであると言うことは、要するに、弱い種なのだ。


 とはいえ今回の場合、迷宮の中で鍛え上げられた筋肉は目を見張るものがある。戦い敗れた末に、得た力なのだろうか。無残にも、この場においても弱肉強食は成り立つ。


「さあヒュノ君。君の力を示してもらおう」

「……はあ?」


 ヒュノはミネルバの意図が読めなかった。忘れるはずもなく、未だ残る脇腹の痛みが照明するように、手合わせは既にしてある。何を示せば良いのか、分からなかった。


「実は騎士団の中に君の実力に納得いってない者も居てね。七神器の七光りだとか抜かすものに見せ付ければ良い。なに、君なら簡単だろう? 否、君なら簡単だ」


 確かに、あの手合わせは完膚なきまでに叩きのめされた。それでも団長が、手合わせした本人が認めたのだから黙っていれば良いのにと、ヒュノは思う。というよりも、ヒュノ自身負けたことにも納得いかず、そして負けたのに連行されたことにも納得言ってないにも関わらず、文句は言えど本気で帰ってしまおうとは思っていない。覚悟はとおの昔に出来ている。つまるところ、団長宛への皮肉のネタだ。

 それを今更示してみろとは、どこか腑に落ちなかった。


「はいそうですか。じゃまぁ、俺が倒してやんよ」


 また団長命令だと言われても面倒で、ヒュノはレーヴァテインを抜く。

 見た目どおりの猪突猛進を相手取るのは慣れたものだ。


 魔獣はこれだけの数の騎士団を前に怯えることもなく、というよりも、見極めもせずに突っ込んでくる。なりふり構わない突進はこの筋肉故か、圧すら感じる迫力だった。だがしかし、知性と言うものは歴然の差を生み出す。


「ワンパターンだぜ!」


 と、言うのは本来固体としては初めて相手取る以上間違っているのだろう。しかし、種族的に共通する行動はまさにワンパターンである。ヒュノはこの猪じみた種の突進をかつて喰らったことがない。


 魔獣の角をレーヴァテインで押さえ込み、後ろ足へ収束する力を爆発させた瞬間、横へなぎ払う。

 誰も居ない空間へ飛び出て虚を衝かれた魔獣が振り返り、そしてレーヴァテインの一撃を見舞う。


 まさに既視感に近い光景を、ヒュノは確かな手ごたえと共に笑った。


「上出来だヒュノ君。さすが、と言ったほうが良いか」


 思い思いの歓声を上げる騎士団の中、ミネルバが褒める。魔獣の血は間違いなく致死量に達しているだろう。ヒュノは剣に付着した血を振り払い、鞘へ収めた。ついでに、皮肉も忘れないのがヒュノの性分なのだ。


「あなたが簡単だって言うから信じたのに、思わぬ苦戦だよ」

「私の目には、そうは見えなかったが?」

「いーや。脇腹が痛んで力が出なかったね」


 まだ言うのかと、ミネルバは笑う。


「そう何度も言われてしまうと、私も申し訳ない気になってくるよ」


 小悪魔的笑みを前に、気にしてなかったのかよとは、ヒュノも今更言う気にはならなかった。というより、言ってしまうのもどこか癪な気がした。


 では行こうと、団長らしい声が上がる。何事もなかったのように、再び統率の取れた歩みで進む。疲労を溜め込んだ脚は一歩踏み出すのも億劫だった。涼しげなミネルバの前では表情に出してはならない。そんな無駄な使命感でヒュノはひたすら歩いた。気付けば、ミネルバ以外にも騎士団は皆それぞれ余裕の表情を見せている。


 いつかミネルバに言われたからではないが、否、本人の心境は否定しているがそうなのだろう。ヒュノは改めて、村で生ぬるい生活を送っていたことを痛感した。悔しくて、歯がゆい。そんなヒュノに追い討ちを掛けるような、それはあまりにも壮大にヒュノを見下ろす。

 巨大な壁が、佇んでいる。


「――ヒュノ君。迷宮は初めてか?」


 森の中に不自然に、しかしどこか遺跡じみた神秘的風貌。

 ミネルバの言葉は図星だった。認めるわけではないが、生ぬるい生活ゆえに、クガイの森の迷宮の存在を知らなかった。


「これが、迷宮……迷宮が、こんなところに……」


 そうかと、ヒュノは思った。

 思えばいくらでも気付く要素はあった。王都の近隣の迷宮を攻略するために行動するガーネット騎士団。近隣の魔獣の数。

 自分でも何故騎士団が森へ入ることを疑問に思わなかったのか分からない。あるいは、ヒュノが口にしたように、こんなところに迷宮がと言う先入観が邪魔をしたのだろう。連れて行かれるがままに行き着いた結果こんなところに出ようとは。そして迷宮を行き当てる騎士団の勘を、ヒュノは認めざるを得ない。


「案外、それを本業としてしまうと見つけるのも容易い。これを踏破すれば、多少君の気がかりも晴れるんじゃないか? ここを攻略すれば、村を襲う魔獣も数を減らすだろう」


 何故、という疑問をミネルバが払拭してくれる。目的通り迷宮の攻略含め、ロッド村への被害を減らしヒュノの怪訝を解消しようと言うのだ。目から鱗とはよく言ったもので、まさにその通りである感情をヒュノは否定できなかった。


 感謝、なのだろうか。少なくともヒュノは、柄ではないと思う。

 ミネルバに感謝などありえないないという表面上の感情はともかくとして、本音は感謝なのだろう。

 ロッド村への被害が減ると言うのなら、本望だ。

 生まれ育った故郷を守れるのなら。


 ヒュノは、静かに迷宮を見据えた。




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