五話
ヒュノとミネルバの手合わせから三日がたち、早くも旅立ちの日となった。
ガーネット騎士団がロッド村に来訪したときと同じく、メイルの騎士たちは横並びになっている。統率の取れた部隊の中から、ひとりはみ出していたのは団長のミネルバだった。
「出発の準備はちゃんと出来たかな? ヒュノ君」
「出来てますよ……脇腹はまだ痛みますけどね」
渋々といった風に、不機嫌に顔を歪めて答える。ヒュノは件の手合わせで負った患部を押さえながら皮肉を込めた。ヒュノの皮肉も軽く笑い飛ばし、ミネルバは改めて騎士団を半円状に囲んだ村人たちに向き直った。ヒュノには見せたこともない献身的な笑みで言葉を連ねる。
「皆さん、しばらくヒュノ・オクサリス君は借りていく。用心棒としては代わりの者をおいていくのでご安心を」
つい昨夜、この説明は村長にはしたばかりだ。そうでなくとも騎士に無礼を働いたヒュノは村から追放すると言っていた。居場所のなくなったヒュノだが、今なおも騎士団を肯定したくはない。どうしようもない現状に身を任せるしかないのは、不甲斐なかった。
元気でなと、この状況の中であってところどころにある言葉に目頭を熱くしつつ、村人に背を向ける。
ミネルバの目には不機嫌そうに映ったのか、ヒュノに声を掛けた。
「いいのか、しばらく帰って来れないのだぞ?」
別れぐらい済ませておけと言うミネルバの声を無視して、ヒュノは乱暴に歩みを進めた。
実際のところ照れ隠しと言うのは誰にも言えない。
村の出口に立ち止まり、振り返れば村人たちの顔が見える。
その表情は送り出す寂しさであったり、心配であったり、ヒュノの身を案じる顔を見せていた。ロッド村は小さな村である。皆見知った顔だ。ヒュノが幼少の頃から良くされたり、迷惑を掛けたり、村の用心棒となってからはヒュノが守ってきた顔だ。
今までありがとう。そう言うのは、またこの村に帰ってきた時にでもしよう。
ヒュノは気付けば内心に湧き上がってきた感謝を、柄にもないと思った。
◆
鬱蒼と茂る木々に視界を奪われる。どこか獣臭ささが漂う森は、ロッド村の近隣に広がるクガイの森だ。獣道ばかりが延びて、人の手入れはほとんど見当たらない。その奥地に差し掛かるこの場所は、時刻が夕方ごろになるのを指し示すように辺りは暗かった。
獣道に統率された歩調を進めているのは、本日ロッド村から旅立ったばかりのガーネット騎士団だった。何かの歯車をまかり間違って騎士団に一人紛れ込んでしまった青年は、情けない声を上げている。
「くそう。どこかの誰かさんが容赦ない一撃をくれるもんだから、まーだ脇腹が痛む」
「そのどこかの誰かさんとやらはきっと、村の中で温い生活を送っていた少年に痛みという世の厳しさを伝えたかったんだよ、ヒュノ君」
ヒュノは嫌味を嫌味で返され、わざとらしく舌打ちを鳴らした。全てが気に入らないとばかりの態度は、彼の歩みを荒くしている。あるいは荒くなっていることが原因で、ヒュノの足はすっかり疲労していた。騎士団の団長であるミネルバは、茶化すように指摘した。
「威勢がいいのも分かったが、疲れが目に見えているぞ」
半日近く森をさまよっているだろうか。疲れないというのもありえない話であり、騎士団からも、ミネルバからも疲労が伺える。
「ちょうどいい。そろそろ野営の準備に取り掛かろう」
覚悟はしていたが野営とは、初めての経験である。クガイの森のここまで奥地に来ることでさえ初めての経験であるヒュノには、身体的疲労にあわせて精神的くたびれも押しかかった。クガイの森は魔獣が彷徨う地でもある。騎士団でもこの近隣の魔獣に関しては一番詳しくもあるヒュノは、警戒により疲労も倍増していたことだろう。
からかう者こそ居ても、それを咎めるものは居なかった。
「……なかなか根性があるじゃないか」
普段無口な男からの言葉は思いのほか以外だった。肩を軽く小突かれたこともそうであり、このガーネット騎士団の副団長は、ヒュノの想像とは違い案外人が良かった。その体格ゆえに、ヒュノはガトリーをどこか恐れている節もあったが、少なくとも団長よりは気を許せる。
ガトリーの思わぬ優しさを垣間見つつ、ヒュノは薪を拾い集めた。
「あー、ちくしょう。聞いてねえぞこんなの」
ひとしきり両手一杯に抱えきるまで集め終わったところで、腰に手を当て張った背中を伸ばすように反り返る。ピキピキと鳴る骨の音が心地良く響いた。
「まだ若いのだから情けないことを言うなよ、ヒュノ君。薪を拾い集めるのも、騎士団の仕事の一つだ」
苦笑を交えながら、いつの間にかミネルバが近寄っていた。
相変わらず、顔を合わすだけでもヒュノの不満は尽きない。
「レーヴァテインの力が必要だとか言ってたくせして、ガーネット騎士団は騎士でもないのにこんなあどけない青年を薪集めさせるのかよ」
「立派な青年なのに、ヒュノ君は薪集めも出来ないらしい。それと、自分であどけないと言ってしまってはせっかくの可愛らしい童顔も廃るぞ」
やかましいと、ヒュノは吼えた。
どうやら、そんな噛み付き合いの間に他の騎士たちが野営の準備を終わらせたらしい。流石の手際というか、ヒュノも感心せざるを得ない。
ヒュノの拾い集めた薪を火にくべながら、ミネルバ、ガトリー、ヒュノの三人が同じ火を囲む。陽は落ち、辺りは暗い。騎士の中で早いも者は既に横になっていた。陽が落ちると同時の就寝は、騎士団だからこそ、より重宝されていた。起きている者は睡眠の邪魔にならない程度に、小声を交わしている。見張りなのだろう。
三人もまた、ガトリーは持ち前の無口で、言葉を交わした。
「巻き込む形になってしまって、申し訳ない」
「何を今更」
既に諦めがついている。というより、むしろ覚悟も出来ていると言った方が正しい。野営こそ抵抗はあったが、案外夜空の下というのも心地良いものだ。
そうかと、ミネルバは言った。そうだなと、ミネルバ小さく笑った。
「改めてその七神器。見せてはくれないか?」
今更、持ち逃げされるという考えはなかった。ヒュノは小岩に立て掛けた豪快な鞘に納まる剣を手に取る。鞘から抜き出すときの金属音は、騎士団の中で誰かは魅了されたように、惚れ惚れと聞いたことだろう。そしてまどろむ誰かは、子守唄代わりに聞いたのかもしれない。ヒュノは素直に献上する。
ミネルバは、夜空の下であって紅蓮に輝く剣を、静かに褒め称えた。




