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四話





「どうして……どうしてこうなった」


 ロッド村の広場。観衆たちが物珍しそうに円を描いて囲っている。中央を見やすいようにまぎれた村長は、絶望の声を上げずには居られなかった。


「手合わせらしいぜ。あんな子供に団長が本気出すなんて珍しいもんだ」


 村長の近くから聞こえてくる声は、村長の胸を締め付ける。

 あれほどまでに釘を刺しておいたのに、この状況はおかしい。客人であるガーネット騎士団の団長ミネルバ・ジルハーツと、用心棒として村に住むヒュノ・オクサリスが観衆の中央で対峙している。

 この場合、どこか互いに険しい表情をしているのが問題だった。

 観衆の中で纏まっている、メイルの騎士たちが話しこんでいる内容は、村長の懸念を的確に表していた。


「団長が苛立ってんのが目に見えるぜ。中でどんな話をしてたんだよ、ガトリー」

「……俺の口からは言えん」

「なんだそりゃ。お前の語彙じゃ説明できないってだけだろ」


 村長も対話室に入ろうとしたとき部屋の片隅に居合わせていた大柄の男が、まさに村長が気にしていた内容を聞かれている。ガトリーと言う名前らしい。何処となく無口そうな風貌はその通りのようだ。ガトリーは周りの騎士たちにからかわれている。それと悟られないように軽く聞き耳を立てていたが、期待した答えはでなかった。


「確かに。生意気そうだもんな、アイツ」


 明らかな偏見を含んで、ガトリーをからかった騎士はヒュノを見据えている。村長も否定できないのは情けない話ではあるが、ガトリーから同意を得られていない。無言で佇んでいるうえ、彼の感情が分かりづらい表情だけでは、肯定も否定も読み取れなかった。


 ミネルバの騎士に向けて呼び出す仕草に、ガトリーが中央に歩み出てミネルバへ獲物を手渡す。

 白い布に包まれた武具はその風貌こそ分からないが、槍だ。長い柄に、先端の刃の部分が十字に突き出ている。

 改めて馴染ませるように慣れた手さばきで槍を振り回した。

 熟練された技を垣間見て、観衆たちは息を呑んだ。

 解け落ちた白い布が風に流れる。


「さて、いつまで睨みあっていても日が暮れるだけだ。君もそのレーヴァテインを抜いたらどうだ?」


 鋭利な刃の矛先をヒュノに合わせ、抜刀を促す。ミネルバの表情に浮かんだ苛立ちは、どことなく愉悦にも見えた。

 ミネルバに限らず、騎士も、あるいは村人たちも、注目を集めている。

 静寂の中、剣と鞘の擦れる音に魅了される人々と、ほうと、小さく声を上げるミネルバ。

 ヒュノの向けた剣先には、獰猛な笑みに顔を歪めるミネルバが居た。


「開始の宣言は任せたぞ、ガトリー」


 ミネルバの指示を受けた無口な男からは、その体躯に見合った雄叫びがあがった。


「――始めぇぃっ!」


 瞬間、動き出したミネルバは、まるで疾風である。

 ただ真っ直ぐ、ヒュノを目掛けた突きだけが生み出した風圧に、ヒュノの反応は一瞬遅れる。

 かろうじて撃ち合わせたレーヴァテインに、ミネルバの矛先から伝わってくる衝撃でヒュノの手はしびれた。甲高い金属音は歓声に呑み込まれる。

 驚きと戸惑いを同時に味わい、絶望感がヒュノに追い討ちを掛ける。


 勝ち目がないのは端から分かっていた。それでも、煽られた興奮は収まりがつかない。


「どうした少年。悩みが見え透いているぞ」


 凄まじい手数で突きを繰り返しながら、ミネルバは言葉を交わすだけの余裕がある。

 喰らい突くだけでやっとと言ったヒュノは、神経をミネルバの突きに向けながら自分の心を問い直す。


 確かに、ヒュノは悩んでいた。

 手合わせという名目の以上、ここで実力が認めらてしまえば騎士団と迷宮の攻略に連れられる。それが嫌でこの状況になっているだけに、気が乗らない。とはいえ、散々煽られた悔しさもある。騎士団を相手に、悔しいと言うのは傲慢だろうか。実力差は見ての通りだ。一方的な攻撃を受けている。

 矛盾する三竦みに、やがてヒュノの思考はやけくそになっていた。

 赤みを帯び始めたロッド村の空に響いた叫び声は、悲痛にも見えた。


「くっ……そぉっ!」


 ミネルバの突きにタイミングを合わせて強引に払い上げる。打ち上げられた槍は手から離れず、虚に衝かれた表情は一瞬で切り替わった。だが、好機はここしかない。ヒュノは隙とすらいえない隙を好機と見て、払い上げたレーヴァテインを振り下ろす。


 ――所詮村人の剣閃は、熟練された騎士には届かない。


 ヒュノの一閃は、難なく追いついたミネルバの槍が器用に受け流した。

 昨夜戦った魔獣のように、ヒュノの身が乗り出す。

 昨夜同様に、それは敗北を意味した。


 ミネルバの槍の柄がヒュノを襲う。脇腹を横薙ぎにされて、鈍い音を上げて地面に転がった。魔獣と戦っていても味わったことのないような激痛に悶え、倒れ伏す。骨まで折れてしまってはいないだろうか。

 過呼吸のように肺が求める空気は、吸っても吸っても漏れ出していく。信じられないほどの痛みに瞳孔が開いて収まらない。

 大丈夫なのかと、口々に言う観衆たちはヒュノの身を案じている。


 なんにせよ、荒れた呼吸を必死に整えながら、ヒュノは安心していた。

 これで騎士団に付き合わされることはない。これほどまでの清清しい敗北では実力不十分とみなしてくれるはずだ。悔しいが、逆に開き直れる。


 痛みが引いてくるのと同じく、ようやく呼吸が落ち着いてきた頃。

 それを待っていたかのように、ミネルバは口を開いた。


「では、出発は三日後だ。分かったな、ヒュノ君」




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