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三話





「では、単刀直入に言わせてもらおう」


 ミネルバの言葉はそれだけで沈んだ空気を吹き払うのに十分な力を持っていた。

 ようやく馴染んできた緊張感が再びぶり返す。ヒュノは自分でも気付かずに生唾を飲み下していた。


「我々は七神器の一つであるレーヴァテインがロッド村にあると聞き及んで来た。それほどの名器ならば存分な力を持っているだろう。王都周辺の迷宮を攻略するため、君の力を貸して欲しいのだ」


 世界で最も強力とされる七つの武器。その迷宮に潜む魔獣も、生み出される魔獣も、語り継がれる神々の伝説に比例して強大であると言われている。ヒュノは生前の父に、炎剣レーヴァテインの迷宮はその胎内というべきか、内側の最深部に炎の魔獣を飼っていたと聞いたことがあった。


 紅蓮に燃え盛る鬣と、魔獣という域すら超えた野蛮な咆哮。巨体が揺れるたびに迷宮が共鳴して震え上がった。死闘の末に満身創痍の身体で手にした、まさに伝説と形容するにふさわしい剣。その重みと感動を、ヒュノは父が死に至るまで毎日のように聞かされた。


 誰もが恐れ、誰もが忌み嫌った迷宮を、ヒュノの父親は攻略したというのだ。それを証明するかのように、ヒュノの背に提げられた一振りは存在感を放っている。死の直前に託されたものだ。いわゆる形見と言うことになるのだろうが、特別意識したことはない。

 ヒュノの空のように青い髪色と相対して、炎の装飾が際立っていた。


「俺……ですか?」


 ミネルバの言葉を受けて、ヒュノは戸惑いを覚えた。

 ミネルバはヒュノの手を求めている。

 レーヴァテインを攻略した力を持った者は父であるにも関わらず、ミネルバの眼光はヒュノの瞳を離さない。ミネルバも口にした通り、力があるのはレーヴァテインであり、ヒュノは自分の実力を語った覚えはなかった。レーヴァテインを献上する形になるのだろうと、どこか腹をくくっていた部分もあったが、それも拍子抜けに終わる。

 だとしてもなぜ自分なのだろうかと、ヒュノは混乱する頭で思索したが、答えは直にでた。


「そうだ、君だ。私には見えているぞ、君の体の傷、剣の傷。その七神器、腐らせていたわけではないだろう?」


 確かに、騎士団と言うのも伊達ではない。

 ヒュノも気付かぬうち、ミネルバはそこまで目をめぐらせていたのか。まさに、昨夜もレーヴァテインは魔獣の血を吸ったばかり。感服と同時に、ヒュノも否定せずにはいられなかった。


「でも、所詮俺は村人。レーヴァテインの力を借りなければ何も出来ない。すごいのは俺の親父であって、騎士団に混じっても足手まといにしかならないと思います」


 正直のところ、ヒュノは怖かった。騎士団につれられるというのもそうであるし、迷宮の内部へ入ったこともなければ、その外観ですら想像の中にしかない。父の話もヒュノの恐怖を助長していた。

 昨夜レーヴァテインを交えた魔獣にしても、命を掛けた戦いに気疲れは本日にまで及んでいる。

 ロッド村の用心棒として魔獣と戦うことでさえ憂鬱であるヒュノには荷が重い。

 恐怖が先立ち、自分を貶める声には徐々に熱が込められていく。


「魔獣と戦うのだって、毎日いっぱいいっぱいなんですよ。昨日だって夜遅くに魔獣が彷徨ってきて、日が昇る頃まで戦った。クガイの森までしか村の外に出たこともないのに、こんな俺にどうしろって言うんです。何を求めているんですか。それに、俺が居なくなったら誰がこの村を守るんですか」


 言葉の端が強くなるにつれ、ヒュノは机を叩きつけて立ち上がった。

 村長の言葉など既に頭にない。言いたいことは全て言った。怒りの矛先には、それだけかと、余裕の表情がある。

 忌憚なく言ってしまえば、ミネルバのその態度こそが気に食わなかった。


「私も、急でかつ理不尽な話で、申し訳ないと思っている。だが迷宮を攻略するにはどうしても戦力が必要だ。不甲斐ないが、ガーネット騎士団では力が足りない。君が頼りなんだ」


 ミネルバは悔しそうに語りながら、頑なにもヒュノの手を求めている。レーヴァテインの力さえあればいいと、見え透いている事実がヒュノに嫌悪感を抱えさせている。

 なぜはっきりとそう言ってくれないのか。

 冷静になることも忘れて、ヒュノは興奮したまま言葉を突き返した。


「俺なんて戦力に成り得ないって言ってるんですよ。レーヴァテインが欲しいのなら喜んで差し出すから、俺に関わらないでください。俺はこの村を守らないといけないんだ」

「……言ったはずだ。私は戦力が欲しいのだと。君は勘違いしているようだが、七神器ほどの名器を初めて握ったような者が使いこなせるはずがない」

「あなたなら使えるでしょう」


 何処にも根拠なく言い返す。仮にも団長ならば扱えて当然だと言うヒュノの主張は若干横暴だろう。もはや水掛け論に近い言い合いを、ミネルバは一言で一蹴した。


「私にも私の武器がある」


 ヒュノはミネルバの覗かせた鋭い眼光にひるむ。僅かに生じた数拍の間に、ミネルバは言葉を続けた。


「安心しろ、村は代わりの騎士に守らせる。村長に伝えてくれ、広場を空けて欲しいと。手合わせだ。君の実力を見させてもらう。本気で掛かって来い」


 不毛な言い合いに我ながら呆れているミネルバの言葉端には、苛立ちが隠れていなかった。




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