一話
世界各地に迷宮が存在するように、魔獣と言う例外を除いてみれば平和という部分が唯一の長所と言うほど何も無い村、ロッド村。
雲ひとつ無い晴天が、その長閑さに拍車を掛けているような気さえする。太陽も真上に昇りかかった時間帯。本日のロッド村は、いつもよりは騒がしかった。
「……なんだぁ? 今日はえらい騒がしいな」
ベッドや机や本棚、それ以外にこれと言って特筆するものも無い部屋で、外から聞こえてくる喧騒とは対照的に呑気な声が上がる。眠気の色が残るその声は、時間も含め、この騒がしさの中には不釣合いなほどだらしない。
「何かあったっけ?」
ベッドから起き上がり、青年は記憶を頼りに騒がしさの原因を思い出す。一瞬魔獣という可能性も過ぎったが、経験上騒ぎ方の違いにはすぐに気づいた。聞こえてくるのは、悲鳴と言うよりもざわつき。幾つか思い浮かぶ心当たりも、正解の予感はしない。結局、窓から外を覗こうと決断するのは、そう時間も掛からなかった。
「なんにせよ、まだ眠いんだから早く静かになんねーかな」
窓の枠組みは布で仕切られている。彼が安眠の為に光を遮るカーテン代わりとして用意したわけだが、若干光が漏れている。もっとも、そんなことを気にせず眠れるくらいには、彼も図太い神経をしていた。
「寝足りねぇっつの」
騒がしさの理由を知ったところで自分には関係ないだろうと予想しつつ、漏れ出すあくびを噛み殺して窓を覆う布へ手を掛けた。掛けた手から外を覗こうとしてみると、騒がしさが急激に大きくなる。何事かと、一瞬不安感に駆られるほど焦ったが、青年がそのまま布をめくることはしない。
更に大きくなっていく騒音。それは青年の部屋の前までやってきては、とば口を勢いよく突き破った。
「大変だよヒュノっ!」
ここまで走ってきたのだろう。服は乱れ、髪はボサボサになり、息を切らす姿は言外にも大変さが滲み出ている。この狭い部屋に十分すぎるほどの語勢の強さは、若干の木霊をもたらした。
背の程はつい今しがた突き破った扉の持ち手部分より低い。
現れたのは少年だった。
「どうしたよ、魔獣じゃないだろ?」
魔獣という可能性は先ほど頭の中から外したが、確認の為に改めて問う。少年の慌てようからその可能性もぶり返しそうになった。
少年は問いに対する否定も入れず、ほとんど食い気味に答えたのだった。
「ガーネット騎士団がこの村にやって来たんだ!」
「……はぁ?」
予想外の返答に一瞬言葉がつまり、結局出てきた物も少年の言葉の意味を理解している物とは言えなかった。
無論、そのままの意味で受け取ることが出来なかったと言う意味で、だ。幼児ではないのだし、ガーネット騎士団がこの村に来た、と言うそのままの意味は理解できるのだが、如何せんガーネット騎士団がこの様な偏狭な村に来た理由が分からない。というのも、騎士団は貴族出身の騎士を中心に構成されるはずの集団だからだ。この寝起きの頭では、そのような高貴な存在が来訪する理由を思い当たりはしない。
そして、混乱している所に更なる追い討ちを掛ける言葉を、少年は残していた。
「ガーネット騎士団が、ヒュノのことを探しているんだよ!」
その言葉はあまりにも予想外であり、眠気を覚ますには実に有効的であった。むしろ有効的過ぎたと言える。一言で覚醒した頭で先ほど以上に熟考しても、やはりガーネット騎士団に探される理由は思い当たらない。ここまで思索しても結局分からなかった。 どうせ謁見は避けられないのだし、そのための準備をしてしまうのが先だろう。
青年――ヒュノは、まずその寝巻き姿を着替える行動から始めた。
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「私は王都シルバーンより派遣されたガーネット騎士団団長、ミネルバ・ジルハーツ!」
ざわつく観衆の中、一際声を張り上げられた声は女性らしく、同時に凛々しさを兼ね備えている。横並びになっている騎士たちから一人歩み出た人物は、メイルを押し上げて膨らむ胸部が身体的にも女性であることを現した。
端正なその顔立ちは可愛らしいというよりは、男前と形容した方が無難だろう。
ミネルバの威厳は更に増す観衆のざわつきに揺らぐことも無く、言葉を続けた。
「この村に迷宮レーヴァテインを攻略し、その名器を持ち帰った冒険者が居ると聞き及んでいる。現在我々は王都周辺の迷宮の制圧に出向いているため、可能な限りの戦力が欲しい。宜しければ力を貸して欲しいのだが、まずはレーヴァテインの所持者との謁見の場を設けて頂けないだろうか」
訪問者としてなお衰えない態度は、言葉の背に王都と背負っているからに他ならない。ミネルバの自信に満ち足りた表情が、当然通る交渉だと、言外に物語っている。
そしてそれは必然でもあった。
王自身の言葉と意味の変わらない騎士の懇願を断ると言う選択肢が、一介の村人に端から存在するはずが無かった。
「だ、誰か、ヒュノに謁見の準備をさせて来い! 急ぐのだ!」
しわがれた声が、観衆の中から指揮を取る。観衆の一人であったこの村の村長も、例に漏れず戸惑いの色を露にする。失礼があってはならない。その思いもまた、村長に焦りを与えていた。
その命令にどれだけの者が行動に移すことが出来ただろうか。村の長たる彼でさえこの焦り様ではたかが知れている。
あるいは、事の大きさをいまいち理解できていない少年が、とにかくヒュノを呼びに行こうと決断したのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
とある部屋のとば口の持ち手部分よりも低いような身体を更に縮こまらせて、人ごみを掻き分けていく。観衆から抜け出した少年は忙しなく、大変だと口走りながらヒュノの下へ駆けて行った。




