それぞれの後夜祭
「ごめんね……こんなことになっちゃって」
「如月……」
学校の校舎裏。そこで俺たちは互いに座ってぼんやりと空を眺めていた。
もう既に明るかった空は黒に変わっている。そんな中で俺はまだ夢春のことを考えていた。
「夢春ちゃんのこと考えてるんだね」
「俺はやっぱり夢春のことが好きだ。そりゃ夢春の言ってることは間違ってる。でも間違っていることを言ったからって好きな人を嫌いにはなれない」
「そうだね。でもさ……だったらどうして私に手を引かれた時、抵抗しなかったの?」
「それは悲しかったからだ。俺は……夢春に独占されたかったんだ」
「夢春ちゃんは空風くんを私と分け合おうって言ってたもんね。きっと夢春ちゃんにとって空風くんは分け合える程度の存在なんだよ。でも私は違うよ」
如月がそっと俺に近づく俺はそれに対して後ろへと下がるが背中に校舎の壁がぶつかった。
如月はそんな俺を気にすることなく顔を近づけて額と額がコツンと当たった。
「私が独占してあげる。だから私じゃダメかな?」
如月にそう言われても俺は彼女の気持ちを断ろうとする。
でもふと思うのだ。断ったところで俺と夢春は恋人になれないと。
その事に気づいた瞬間、涙が溢れてしまった。
「空風くん……なんで泣いてるの?」
「俺は夢春が好きだ。でも夢春の好きは恋じゃなかった。その事に今気づいて……それを認めた途端に涙が出てしまったんだ」
「辛いね。でも大丈夫……私が側にいるから」
如月は泣いている俺をそっと抱き締めて頭を撫でてくれる。
俺はまだ如月に好きとも言っていない。彼女の告白の返事もしていない。
そんな曖昧なままで俺は如月に抱き締められていた。
「私はずっと離さないよ。空風くんのことずっと愛してあげるから」
如月は優しい声でそう言いながらずっと俺を抱き締め続けていた。
ーーー
「後夜祭……始まったね」
「そうだな」
俺たちは校庭の中央で開かれているキャンプファイアを一緒に眺めながら会話をする。
結局俺たちの関係は良く分からない。恋人なのか友達なのか曖昧なままだ。
でも曖昧なままで俺たちは後夜祭で一緒に火を眺めている。
「あのね……空風くんは知ってるか分からないけど好きな人にお菓子を渡すのが今の流行りなんだって……それでお菓子を作ってきたんだけど受け取ってくれないかな」
如月は頬を赤くしながら小さな袋を俺に渡した。
中には手作りのチョコレートが入っている。
「ありがとうな」
「空風くんは無いの? 手には袋があるみたいだけど」
如月が俺の手に持っている袋を見て呟いた。確かにこの中には俺の手作りチョコクッキーが入っている。
でもこれを如月に渡すのは躊躇してしまう。
「お前の分のお菓子はまた買うことにするよ。これは夢春のために作ったお菓子だから」
「夢春ちゃん以外に食べられるのが嫌なの?」
「そうじゃねぇよ。そうじゃなくて……お前が嫌だと思ったんだ。だって他人のために作ったお菓子だぞ。それよりはお前のためにお菓子を買った方がいいだろ」
それを聞いて如月は少しだけ照れたように顔を赤くする。
「やっぱり空風くんは優しいね。本当にどんどん好きになっちゃう」
「そ、そうか……」
真っ直ぐな彼女の言葉にこっちまで赤くなってしまう。
「でもやっぱり私は空風くんの作ったお菓子食べたいな」
「お前がいいなら構わないけど……どうせもう夢春には食べてもらえないからな」
あんな別れ方をしておいて夢春とすぐに会って話すことなんて出来ない。
なのでこのお菓子は家に持ち帰って自分一人かあるいは愛梨と一緒に食べるつもりだった。
だから如月が気にしないのであれば彼女にあげるのも問題はなかった。
「このお菓子……夢春ちゃんの為に作ったんだよね」
「そうだよ」
俺の言葉を聞いて如月は気にしてないよと言わんばかりの優しい表情でお菓子を食べる。
「そっか……でも今お菓子を食べてるのは私だ」
如月はそう言うと嬉しそうに笑った。
ーーー
「如月……ちゃんと上手くいったんだね」
遠巻きでキャンプファイアーを見ている先輩と如月の姿を見て私、桜野千鶴は小さく呟いた。
私の手にはお菓子の袋が抱えられている。これは誰かに貰ったものではなく同時に誰かにあげるためのものでもなかった。
でももしかしたら何かの拍子で実は先輩は私の事が好きで告白してくれるんじゃないかそんな事を少しだけ考えて気がつけばお菓子を作っていたのだ。
未練だらけだった。後悔だらけだった。期待もしていたのかもしれない。
でも同時に無理だとも分かっていた。それなのに私がお菓子を作ってしまったのは多分。
「もう一度夢を見たかったのかな」
二人が静かにお菓子を食べさせあっている。それはどこからどう見ても恋人同士で私はそんな先輩たちの姿を遠くで見ながら一人余ったお菓子を食べ続けるのだった。
ーーー
「あら……夢春さんどうしてこんな所にいるの?」
「愛梨さんでしたか……どうもこうもただぼんやりと座っていただけです」
校庭のベンチ。そこで私はベンチに座っている夢春さんを見つける。
夢春さんらしい優しい笑顔を浮かべてはいるけどその表情はどこか寂しそうだった。
いやそもそもの話、兄さんたちは何処に行ったのだろうか。
今は後夜祭の時間。後夜祭に興味がない人は帰ってもおかしくはないけどだとしても夢春さんを置いていくなんてことは考えにくいし兄さんに関しては告白すると言っていたので後夜祭には出ているはずだ。
「隣、いいかしら」
「どうぞ……」
私はそっと夢春さんの隣に座る。それにしても相変わらず夢春さんは綺麗だなとその横顔を見て感心する。
これだけ綺麗になれば私は兄さんに振り向いて貰えるだろうかそんなことを考えてしまった。
「そのお菓子……兄さんにあげるつもりだったの?」
私は夢春さんが両手で大切そうに持っているお菓子の袋を見ながら呟いた。
私はもう音無に全てあげてしまったが彼女は未練がましくそれを持っていたままだった。
「……はい。なんでも学園祭の日に好きな人にお菓子をあげるのが流行りだと」
「そう。だったら夢春さんは兄さんの事が好きなのね」
私の言葉を聞いて夢春さんは困ったような表情をする。
自分でも失言だと気がついた。後夜祭の時間、一人でお菓子を持っているということは兄さんとは結ばれなかったのだ。
勝手に気まずくなる私に対して夢春さんは困った表情のまま言葉を紡ぐ。
「どうなんでしょう。私は確かに空風さんの事が好きです。でも空風さんが他の人と恋人になったとして私は嫉妬するのでしょうか」
「……嫉妬しないの?」
「分からないです。寂しいという気持ちはあります。でも嫉妬をしているかどうかは分かりません」
「そう……分からないのなら兄さんは諦めるべきね」
「……諦める」
「嫉妬は醜い感情よ。でもね嫉妬をしない恋なんてないのよ。もしも好きな人がいてその人に恋人がいて何も思わないのならそれはきっと恋をしていないんじゃないかしら」
「私は……嫉妬をしてみたいです。恋をしてみたいです……空風さんを好きになりたいです」
夢春さんの言葉が嗚咽混じりになっていた。彼女の顔を見ると目からポロポロと涙を溢していた。
本当に嫉妬していないのならば彼女は涙を溢さないのではないだろうか。
「愛梨さんありがとうございます。おかげでちょっと気持ちが楽になりました。良ければ一緒にお菓子を食べませんか? 一人だと寂しいので」
「はぁ……分かったわよ。私もお菓子を渡せなかったわけだし一緒に食べてあげる」
私たちは兄さんの事を思いながら二人でお菓子を食べるのだった。




