私の好きを嘘にしないで
「夏雪……なんでお前がここにいるんだよ。主演だろ?」
「本来ならば私だって舞台裏で演劇の準備をする。でも……正直放っておくには如月があまりに不憫だからな」
如月のことを考えるのならば主演である夏雪は急いで舞台裏に戻って準備するべきだと思うのだがどうやらそれをすることよりも大切なことがあるみたいだった。
「何の話だ?」
「いや……少し如月の事について話そうと思ってな。お前も如月から聞いているだろう。彼女は今回の演劇でナレーションを勤めている。あの気弱で控えめな如月がな」
如月が今回ナレーションを務めるということ自体は既に彼女から聞かされている。
如月は普段は脚本に徹していてナレーションに出るような事はしない。
でも今回は出たのだという。俺はそれを聞いて自分に自信が付いたのかあるいはナレーションをやってみたくなったからなのだと思っていたが夏雪の口振りだと他に理由があるみたいだった。
「如月は自分の言葉で伝えたいと言っていた。自分の気持ちを演劇に乗せて伝えたい相手がいるらしい。ソイツのために彼女はナレーションをすることにしたんだ」
「伝えたいこと?」
「それは演劇を見れば分かる。私が言ってもいいんだがそれでは彼女の覚悟が無駄になるしな。とにかく如月の気持ちをちゃんと受け取ってやれ」
夏雪はそれだけ言うと席に立ち上がる。演劇を通して伝えたいこと……そもそもその伝えたい相手っていうのは誰のことなのだろうか。
でも彼女はそれには答えてくれないみたいだった。
「それじゃあ私は戻るよ。流石にこれ以上ここにいては他の演者や劇に協力してくれた人たちに迷惑が掛かるからね」
「分かった。主演頑張れよ」
「勿論だ。ファンのためにも頑張らせてもらうよ」
夏雪はそう言って綺麗な立ち居振舞いで劇場の舞台裏に帰っていった。
そして少しだけ時間が経って演劇が始まる。ちゃんとナレーションの声は如月の声だった。
演劇の内容は騎士と姫の恋愛物の物語。昔、大勢の人に騙されて人を信じられなくなった騎士とそんな騎士に好きを伝えようとするお姫様の物語だった。
「お姫様は言います。騎士に好きだと愛していると……しかし彼は信じません。沢山の人に騙されたからあらゆる言葉が嘘に聞こえてしまうのです」
彼女のナレーションに合わせるように舞台の俳優たちは動き出す。
お姫様は夏雪が演じる騎士に自分の気持ちを告白するが騎士はそれを嘘だと言って否定する。
「お姫様は悩みました。どうすれば自分の想いを伝えることが出来るのかと。そこで彼女は一つの考えに行き着きます。それは自分の気持ちを絵本にする事でした。絵本の物語を騎士に聞かせることで好きという気持ちを伝えることにしたのです」
お姫様はそっと絵本を取り出すとそれを騎士に渡す。
騎士はそれを受け取り、物語を読むことでようやく彼女の想いが伝わり二人は結ばれるといった内容だった。
劇が終わり、カーテンがゆっくりと降りていく。
今回もしっかりと脚本が出来ており高校生の演劇としてはかなりの高水準だった。
この物語を如月が一人で考えて作っているのだ。
その事実を俺は純粋に凄いと思った。でも同時に彼女の伝えたいことは分からなかった。
ーーー
演劇の後、俺は如月と予め決めていた待ち合わせ場所で彼女を待っている。
本当は夢春や桜野と一緒にここで待つはずだったのだが何故か桜野が夢春を連れてどこかに行ってしまったので仕方なく俺一人で待つことになった。
「ごめんね……こんなところで待たせちゃって」
「別にいいよ。それより夢春たちとはぐれたみたいで一緒に探そう」
「あ、あのね……それもいいんだけどその前に話したいことがあって……空風くんは私の演劇見てくれたんだよね」
「うん。凄く良かったよ。物語も面白かった」
確かに面白い話だった。とても良い脚本だったと思う。
でも夏雪がいうにはそこに彼女の伝えたいことがあるのだという。
それだけが俺は未だに分からないのだ。そして分かっていないことを如月も気づいているのか少しだけ悲しそうな表情になる。
でも如月はすぐに俺の方を見るとしっかりと言葉を紡いだ。
「あのね……聞いて欲しいことがあるの」
「なんだ?」
「私……空風くんの事が好きなの。友達としてじゃなくて恋人として好きなの! だから付き合って欲しい」
「お前な……あんまりそういう嘘付くなよ。俺だからいいものを……」
「……それやめてよ」
「……如月?」
如月の言葉に空気が重くなるのを感じる。彼女の表情は暗くなり落ち込んでいるのが悲しんでいることが伝わった。
「その嘘って言うの辞めてよ。私の好きって気持ちを嘘にしないでよ!」
「でも如月が俺なんかを好きなわけ……」
「どうして私の気持ちを空風くんが決めるの?」
「……それは」
「別にさ否定されてもいいんだよ。本当は嫌だけど振られるならちゃんと振って欲しい……私の好きを嘘にしないで」
俺はなんて答えるべきなんだろう。勿論如月が俺のことを好きでいてくれたことに対しては嬉しい。
でも俺はもう既に好きな人がいる。俺は夢春のことが好きなのだ。
だからこそ如月の告白を受け入れることは出来ない。
「如月ーー」
「空風さんに如月さん、ここにいたんですね」
俺が如月の告白を断ろうとした時だった。夢春が俺たちを探しに来たのかこちらを見つけて声を掛けてくる。
そんな彼女を見て如月は俺の方を見た。
「……私、校門の前で待ってるから……返事聞かせて欲しいな」
流石に夢春の前で告白を断ったり受け入れたりするのは嫌なのか彼女はそう言うと走り去ってしまう。
そんな彼女に対して俺は俯くことしか出来なかった。




