私にとっての後夜祭
「お菓子作り……難しいな」
俺は愛梨が良く読んでいる料理本を見ながら自宅でお菓子を作っていた。
今日は学園祭前日。学園祭に向けて俺はお菓子を作る必要があった。
だがそれは何も学園祭のお店が喫茶店だからというわけではない。
今俺がお菓子を作っているのは俺の個人的な目的の為だった。
俺たちの学園では学園祭の日に好きな人にお菓子を渡して告白するのが流行になっている。
そして後夜祭でキャンプファイアを眺めながら結ばれた恋人同士で作ったお菓子を交換したり渡したお菓子を食べて共に時間を過ごすのだ。
正直夢春が俺のお菓子を受け取ってくれるかは分からない。
いや、受け取ってくれたとしても告白は拒絶される可能性もある。
でも断られる可能性があってもちゃんとこの気持ちを伝えたいと思った。
もっとも理想は夢春も俺の事が好きで俺のためにお菓子を作ってくれていることだがそんなことは期待していない。
夢春はそういう恋愛事とか疎そうだし夢春が俺の事を好きなのかも自信はない。
ただ出来れば夢春と一緒に後夜祭でお菓子を食べたいと思った。
「とはいえ問題はそのお菓子だよなぁ」
俺が作っているのはチョコクッキー。何となく食べやすそうという理由で選んだお菓子だったがそれを作るのが結構難しい。
元々料理自体は趣味でたまに作っていたがお菓子に関してはほとんど経験がない。
なのでお菓子作りに悪戦苦闘してしまっていた。
「あら……兄さん。こんな時間に料理なんて珍しいじゃない」
「愛梨か……」
俺はバツの悪そうな顔で愛梨を見る。当然だが愛梨だって同じ学園に通っている以上、俺がお菓子を作っているのは告白の為だと知っている可能性がある。
つまり妹に学園祭で好きな人に告白すると知られることになるのだ。
だから俺は愛梨が部屋に入ったのを確認してからお菓子を作り始めたのだが、何故か愛梨はリビングに来てしまったらしい。
「兄さん……好きな人が出来たの?」
「……ああ。そうだけど」
「そう……上手くいくといいわね」
てっきりからかわれるんじゃないかと不安だったが愛梨は意外にも落ち着いた様子だった。
そして俺の作っているお菓子を静かに眺めている。
「意外だな応援してくれるなんて」
「本当は応援なんてしたくないわよ。またあんな風に兄さんが傷付くんじゃないかって心配だし……でも好きな人が出来たのならちゃんと結ばれて欲しい……兄さんには幸せになって欲しいから」
「愛梨ありがとうな」
「それはそうと……私もお菓子を作りたいんだけど」
「そうか……そうか!? ま、待て待て! お菓子を作るってことは好きな奴がいるのか?」
「そんなわけないでしょ。これは兄さんの為に作るのよ。もし兄さんがその人にフラれたら兄さんは一人でしょ? その時は私たち二人で後夜祭を過ごしましょう。そこで二人で一緒にお菓子を食べるの」
「それはいいけど……もし俺が告白に成功したらそのお菓子はどうするんだよ」
「その時には音無にでもあげるわよ」
愛梨はそんな事を言いながら俺と一緒にお菓子を作る。
結果的に愛梨の方がお菓子作りは慣れているので俺は愛梨に教わりながらお菓子を作ることになった。
「よし……一応は出来たな」
試しにお菓子を食べてみる。大丈夫ちゃんと美味しいチョコレートクッキーだった。
「本当に……? 私も食べて良いかしら」
そう言って愛梨はお菓子を食べる。味は悪くなかったのか美味しそうに彼女は食べていた。
「美味しい……随分と料理上手くなったわね。昔の兄さんの料理はあんまり美味しくなかったから」
「上手くなったなら良かったよ」
「それはそうと……私のお菓子も食べてみて」
言われて俺は愛梨が作ったお菓子も食べる。相変わらず愛梨の作る料理はお菓子であっても美味いと思った。
「流石だな……凄い美味いよ!」
「ふふっ、こうして一緒にお菓子を食べていると何だか今が後夜祭みたいね」
「そうだな。二人でお菓子を食べあってのんびりする。俺たちにとっては今が後夜祭なのかもな」
「だとしたら私たちはカップルってことになるのかしら」
「お前な……あくまで兄妹として家族としての後夜祭だ」
「分かってる。でも兄さんと一緒にいる今が私にとっての後夜祭よ。だから兄妹であってもこうして一緒にいれて嬉しいわ」
愛梨は嬉しそうにそう言った。そして更にもう一つだけ俺の作ったお菓子を食べる。
「明日……告白頑張りなさいよ」
「ありがとう。頑張るよ」
俺の言葉を聞くと愛梨はそのまま部屋へと戻るのだった。
ーーー
「兄さんの嘘つき!」
私は部屋の中に入ると同時に泣き叫ぶ。兄さんがお菓子を作っているのを見て私は兄さんに好きな人が出来たのだと理解した。
本当は怒りたかった。告白なんかやめてとすがりたかった。
でも出来なかった。そんなことをしたって兄さんは告白を止めないだろう。
何よりも兄さんはようやく元カノのことを吹っ切れて前に進もうとしているのだ。
そんな兄さんを引き止めるようなこと出来るわけがなかった。
でも心の嫉妬は止められなくてこの悲しみは止められなくて私は部屋に入るなり泣き叫んでしまったのだ。
「約束したじゃない……羽ばたかないでって……なのにどうして私を一人にして飛んでいってしまうのよ」
分かっている。兄さんはそんなつもりじゃないということを。
彼にとって私は家族で私にとって彼は恋人だったそれだけの話なのだ。
でも私は家族として側にいるんじゃなくて恋人として兄さんに側にいて欲しかった。
「兄さん……一緒に鳥籠の中にいてよ。私と一緒に地面に這いつくばってよ!」
私は抑えていた気持ちを吐き出す。そしてしばらくの間、私は一人で泣き続けるのだった。




