道徳のテスト
「空風さんおはようございます」
「……」
朝の教室。俺は一人でラノベを読んでいると金色髪の美少女、夢春が気さくに話し掛けてきた。
だがここで油断してはいけない。もしかしたら俺ではない空風さんという可能性もある。
そもそもこんな美少女が俺なんかに話し掛けてくること自体がおかしいのだ。
なので俺は俺に話し掛けてきたなどとは思わず彼女の言葉を無視して読書を続ける。
「あれあれ? 聞こえてないのですか? 空風さーん! お話ししましょうよー!」
「わ、分かったから大声で俺の名前を呼ぶな」
「やっとこちらを見てくれましたか」
「それで何の用なんだよ。というかよくお前嘘告した奴に次の日どうどうと話せるな」
「別にクラスメイト同士が話し合うのは何も不思議なことではないはずです。それに嘘なんてみんな付いているではないですか」
「それはそうだけど……なんていうかお前道徳の成績悪そうだな」
普通に考えれば遺恨は残らなかったとはいえ、嘘告白した相手と話すのは気まずくなるものだと思っていた。
しかし夢春はそんなことを気にするような奴ではないのか天然なのか倫理観が崩壊しているのか気にした様子はない。
「よく分かりましたね。そうなんですよ実は今期の中間テスト道徳のテストだけ低くておかげで道徳補習をさせられるんです」
「道徳のテストなんてないだろ。そもそも中間テストだってまだなんだし」
でも実際道徳のテストがあったら本当にどれだけの点数が取れるのかは気になる。
あと何気に道徳補習ってなんだよとも内心で突っ込んでおくことにする。
「ところで何を読んでいるのですか?」
「ラノベだ」
「らのべ……」
「……小説を読んでんだよ」
「空風さん文字が読めたんですね!」
「お前……馬鹿にしてるだろ」
「いえそうではなくて……私はあの文字の羅列を読むと眠くなってしまうので純粋に文字を読めて凄いと思ったんですよ」
まあ確かにラノベも小説も違いなんて本を読まない奴からしたら分からないものだ。
どっちも文字が一杯の本程度の認識しかなくて敬遠されるのも分からなくはない。
だがラノベというのは小説に比べて初心者でも読みやすいはず。
夢春も小説は苦手でも案外読めばハマる可能性もあった。
「……ラノベ読んでみるか?」
「いいのですか?」
「まあ、自分の好きなものに興味を持ってくれるのは嬉しいからな」
そう言って読んでいたラノベを彼女に渡す。嫌でも待てよ……渡したのはいいがこのラノベは男性向け。
女性である夢春の趣味に合うかどうかは少し不安だった。
どうせなら女性でも楽しめるラノベを買っておくべきだったと後悔する。
「それでは読ませて頂きますね」
彼女は上品な仕草で本を手に取りページを捲っていく。
そんな彼女を見ながら少し思う。本を読む所作というかページを捲る仕草とかそういうのがやたらと洗練されていて綺麗に見える。
元の見た目の綺麗さも相まってついつい目を奪われる。
やがて本をある程度読んで満足したのかそっと俺に返してきた。
「どうだった?」
「絵が綺麗でした」
「分かる! キャラのイラスト滅茶苦茶可愛いんだよな! 俺は絵とか描けないから純粋に憧れるよ。それで小説の内容はどうだった?」
「文字が一杯で眠くてダメでした」
「やはりダメだったか」
何となく小説を読んでいる彼女の目が徐々にトロンとしていたので察してはいたが、ここで無難な感想を言われるよりは正直に小説を読めないと言ってくれた方がありがたい。
「ふふっ……でも空風さん。さっきまでむすっとしてたのにラノベの話しになると急に饒舌になりますね」
「う……そりゃ悪かったな」
そりゃ普段から暗い奴がいきなり好きなものになると明るくなって饒舌に語り始めるもんなバカにされて当然だと落ち込む。
でもそんな俺に対して彼女は不思議そうに首をかしげた。
「悪い? むしろ良いことだと思いますけど」
「良いこと?」
「だって自分の好きなものをあんなに楽しそうに話すんですよ! 素敵じゃないですか! 私としてはちょっと羨ましいです」
「別にお前だって好きなもんぐらいあるだろ?」
「そりゃ私だって映画を見たりしますよ。でも私は空風さんみたいに楽しそうにはなれないです。なんというか一生懸命になったことが無いんですよねー」
言わんとしていることは分かる。俺だってラノベや小説を読むまでは何かの趣味ってものを持たなかった。
勿論それは何も興味を示さないというわけではない。
それなりに映画を見たり絵を描いてみたりと趣味を持っていた。
でもその趣味に夢中になることは出来なかった。
きっと彼女もまだ自分が夢中になるものを見つけてはいないだけなのだろう。
「別にこれから見つければいいさ。俺だって小説にハマったの最近だしな」
「空風さんは優しいんですね。でもだとすれば尚更不思議です」
「何が?」
「なんでいつも一人なのかなぁって顔だって別に悪くないというかむしろカッコいい方なのに」
そう言いながら夢春は俺の顔をペタペタと触り始める。
俺はその手を振り払うとため息を溢した。
「友達なんか出来たって辛いだけだろ。互いに傷つけ合うだけだし喧嘩だってするかもしれない……そんな辛い想いをするぐらいなら友達なんて出来ない方がマシだ」
「確かにそうですね。友達同士で会話をしていてたまに合わないなって思ったり喧嘩をしたり何気ない一言で傷付いたり友達になると沢山の嫌なことがあったりします」
「そうだろ? だから友達なんてーー」
「ですが! それを加味して尚、私は友達というのは価値があるものだと思います!」
「そりゃまたなんで」
「だって楽しいじゃないですか。少なくとも私は空風さんと会話して凄く楽しかったです!」
それは俺だって同じだった。久しぶりに家族以外の人と教室で楽しく話した。
あの日以来あれだけ嫌がっていた他人との会話。
だけども今日に関しては夢春との会話に関しては不思議と嫌ではなかった。むしろ楽しかった。
「なのでもし良ければお友達になりませんか?」
「いや……俺は」
その言葉に一瞬嬉しいと思った。でも同時にすぐにあの言葉が脳裏に過る。
俺は誰にも好かれない。その恐怖が甦って彼女の言葉に躊躇してしまう。
そんな躊躇している俺に対して夢春は少し寂しそうな顔になる。
「ダメでしょうか? 別にいいじゃないですか、喧嘩をしたら仲直りすれば傷つけあったら話し合えばそれでいいじゃないですか」
「それは……」
「なので改めて! 私と友達になってください!」
さっきまでの寂しそうな顔から打って変わっていつもの明るい笑顔を彼女は浮かべる。
それに対して俺は彼女を拒絶することが出来なかった。
だって今の彼女の笑顔はとても綺麗で拒絶したらきっとその笑顔はさっき見せた寂しげな表情に戻ってしまうから。
そんな表情は見たくない。だから仕方なく了承することにした。
仕方なく? 本当に俺は仕方なく了承したのだろうか……。
内心では俺はこうなることを望んでいたんじゃないか。
そんな馬鹿な考えが浮かんだけどすぐにそんなことはないと思考を放棄した。
「はぁ……分かったよ。俺なんかで良ければ友達でも何でもなってやるよ」
「わぁー! ありがとうございます! これからも沢山お話ししましょうね!」
そう喜ぶ夢春を見てふと思う。どうして彼女は嘘告なんて真似をしたのだろうと。
いやそれは何も夢春だけじゃない。桜野や如月だって嘘告をするような奴には見えなかった。
「なあ、夢春。お前はなんでーー」
なんで嘘告をしたのかと聞こうと思ったけどそれよりも先に授業開始のチャイムが鳴り響き彼女は慌てて自分の席へと戻っていった。
どうして彼女が嘘告をしたのか気にはなるけど、また気になればその時に聞けばいいと俺はその疑問を心の中にしまったのだった。




