優しい雨、冷たい雨
「げっ……雨降ってきやがった」
放課後、下駄箱から靴を履き替えて外を見てみるとどしゃ降りの雨が降っていた。
今日の朝は快晴だったので傘なんて持ってきていない。
最悪、走って帰るしかないかと思いながら雨が止むのを待つことにする。
「空風くん……どうしたの?」
「如月か、傘忘れたんだよ。だからここでしばらく雨宿り」
「それならさ……私と一緒に帰らない? その折り畳み傘持ってきてたから一緒に帰れば空風くんも濡れなくて済むよ」
「いいのか?」
「空風くんがいいなら」
「そうか! 助かった! 最悪濡れたまま帰るしかないと思ってたんだ!」
正直女子と一緒の傘に入ることが恥ずかしくないといえば嘘になるが今はそんなこと言ってられない。
如月に申し訳ないと思いつつ一緒の傘に入ることにする。
「ありがとうな。傘は俺が持った方が良さそうだな」
俺の方が如月よりも背が高い。なので彼女の傘ではあるが俺が持つことにする。
俺たちは雨の中、一緒に傘の中に入りながら自宅へ向かう。
でもすぐに問題が起きた。如月の傘は折り畳み傘だからか小さくて二人入るには無理がある大きさだった。
「……もう少し引っ付いてもいいかな?」
「あ、ああ……」
流石にこの傘では濡れずに距離を取るのは難しい。
如月は濡れるのが嫌なのか俺の腕をそっと掴んで距離を詰める。
如月が側にいる。その事に少しだけ緊張した。ふと如月の方を見る、彼女の表情は少し恥ずかしそうな表情をしていた。
でもそれよりも気になったのは如月の肩が濡れてしまっていることだった。
俺も勿論濡れてしまっているが、それは俺の自業自得、でも如月が雨で濡れたのは彼女の優しさが原因だった。
やっぱりこの小さな傘で二人一緒に濡れないのは無理があった。
「悪いな……俺が傘を忘れたせいで冷たいだろ雨」
「うん……確かに冷たい。でも私、今日の雨は嫌いじゃないよ」
「そうかぁ」
「だってこの雨は優しい雨だから。この雨のおかげで空風くんと一緒に帰れたから」
「一緒に帰ることぐらい普段からしてるだろ」
その数は多いとまでは言えないが何度か俺と如月は一緒に帰っている。
だから何もそこまで嬉しそうなのか分からない。
「それはそうだけど……でも雨のおかげで私はこんなに空風くんの近くにいる。普段はこんなに至近距離で空風くんと一緒にいられないでしょ?」
「別に俺と一緒にいたって何も嬉しくないと思うけどな」
「それは私が決めることだよ。私はこうやって空風くんと一緒に帰ってお喋りしたりするの凄く楽しいよ。ずっと一緒にいたいって思うよ。こんな風に一緒に帰れるなら私、毎日雨が降ったっていいって思ってる。それとも空風くんは私と一緒にいるの嫌かな」
「嫌じゃないよ。俺もお前と一緒に帰るの悪くないって思ってる」
悪くない。本当はもっと如月の事を知って仲良くなりたいとも思った。
でもそれを男女の間で話すのは恥ずかしくて言えなくて悪くないなんて言葉で誤魔化した。
「悪くない……うん。そう言ってくれただけでも十分幸せだ。やっぱり一緒に帰れて良かったよ」
そう言って如月は嬉しそうに笑った。満足しているような表情だった。
誤魔化した言葉を幸せそうに受け取ったのだ。そんな彼女の表情を見て俺は自分が嫌いになった。
俺は恥ずかしいからという理由で真っ直ぐな言葉を掛けなかった。
でも恥ずかしいのは俺だけじゃない。如月だって同じぐらいさっきまでの言葉は勇気のいる言葉だったんだじゃないか。
それならそれを見ないふりする方がよっぽと恥ずかしい人間だと思えた。
「なあ如月……」
「うん」
「その……さっき一緒に帰るのも悪くないって言っただろ?」
「そうだね……言ってたね」
「悪くないどころか俺はもっと一緒に帰りたいって思ってる。如月と帰って如月とさもっと仲良くなりたいなって……思ってる」
正直かなり恥ずかしいことを言っているという自覚はある。
でもちゃんと誤魔化しの言葉じゃなくて俺の気持ちを言葉にするべきだと思った。
俺は気まずくなりながらもそっと如月の方を見る。
如月は驚いたような表情で俺をずっと見ていた。
「如月……?」
「あ……その……私も同じだよ。同じだったから凄く嬉しくて凄く幸せ」
嬉しそうに笑う如月を見て安心する。
もしかしたら嫌われるんじゃないかと少しだけ不安だったがそんなこともなかったみたいだ。
確かに今日は優しい雨なのかもしれない。だって俺も如月も不思議と何処かいつもよりも思ったことを口に出来ている気がするから。
「空風さーん!」
俺と如月が帰っていると後ろから聞き覚えのある綺麗な声が聞こえる。
振り向くとそこには傘を差して歩いている夢春の姿があった。
夢春は傘を持ちながら俺たちに手を振ると急いで俺たちのところに来る。
「後ろ姿を見て空風さんかなと声かけて良かったです。どうせなら三人で話して帰りたいですし」
「あ……うん……そうだね」
「如月?」
さっきまで如月は楽しそうだったのにどこか落ち込んだような表情になる。
やっぱり雨の中、長時間歩いているから体調を崩してしまったのだろうか。
俺が傘に入る分、濡れているだろうしそれで体調が悪くなったのかもしれない。
「あの……空風さん。良ければ私の傘に入りませんか?」
「……夢春ちゃんなんで?」
「だって如月さん体調悪そうですし私の傘なら空風さんと一緒に入ってもそこまで濡れません。如月さんだって一人で傘を差した方が濡れなくて良いんじゃないかと思いまして」
確かに如月の傘は小さな傘で俺たちが一緒に入るとお互いに濡れてしまう。
それで如月の体調を崩してしまうぐらいなら夢春の傘に入った方がいいだろう。
「分かった。夢春のところに行くよ」
「……え?」
「ありがとうな如月のおかげで大分と濡れずに済んだよ」
俺はそう言って傘を如月に返すと夢春のところに行こうとする。
でもそんな俺の服を如月が掴む。どうしたのかと思って彼女の方を見る。
「如月……?」
「あ……何でもない。ごめんね」
そう言葉で言うけどもなかなか服を離してはくれない。
そして少しだけ時間が経ってそっと掴んでいた手が離れて俺はそのまま夢春の傘に入れて貰う。
「空風さん。こんなに離れていては一緒の傘を使っている意味がないですよ。もうちょっと引っ付いて下さい」
「わ、悪い……というか傘は俺が持つよ。入れさせて貰っているし」
「そうですか? ありがとうございます。ふふっ、でもこうして一緒の傘を差して帰るのは何だか恋人みたいですね」
「あのなぁ……」
よくもまあそんな恥ずかしいことを言えるものだと驚きながら傘を持って夢春と一緒に歩く。
そんな俺に対して如月が呟いた。
「空風くん……私、先に帰るね」
「如月?」
「ごめんね……ちょっと体調が悪くて」
確かに夢春が来てからずっと如月の表情は沈んでいたように見えた。
やっぱり体調が悪かったみたいだ。
「体調……大丈夫か?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
そう言って如月は逃げるように帰っていった。
どうしてだろう。声色も表情も少し気分が落ち込んでいるとはいえいつもの如月と変わらないように見える。
なのに帰っていく如月を見たとき、俺は不思議と彼女が泣いているように見えた。




