私が彼を好きになった理由
「如月なんでアンタが緊張してんのさ」
「ううっ……だって私の書いた物語だもん。楽しんでくれるか心配で……」
高校一年の頃の学園祭。私、如月秋は先輩の言葉にそう呟くと劇場の舞台裏で不安そうに演劇を眺める。
私は昔から気弱なところがあって演劇部に所属したのは良いものの役者として舞台に出ることはなかった。
でも別に演劇っていうのは役者だけで成り立つものじゃない。
裏方の仕事だった大切なものだった。例えば背景の絵を描いたり、役者さんのメイクをしたり、小道具を用意したり全員が協力して演劇っていうのは完成する。
私はその中での脚本担当。みんなは脚本を書くのは苦手だと言っていたけど私は昔から文章を書くのが好きだった。
普段は物事を口にするのは勇気がいる。でも文字だと不思議と思っていることがすらすらと表現できた。
だから前の脚本担当も元々は役者に集中したいらしく結果的に一年生の私が劇の脚本を任されることになった。
勿論先輩にちゃんと教えて貰いながらだけど最終的に一つの物語が完成した。
正直かなりの自信作だ。特に主人公が好きな人に想いを告げるシーンは上手に書けたと思う。
でもそう理解していてもやはり私は臆病で自分では上手に書けたと思ったけど他のお客さんたちはつまらないと思うんじゃないかと不安だった。
「ははは! 如月は心配性だなぁ。大丈夫たって例えどんなに酷い脚本だったとしても誰もそんなの気にしてないからさ」
「……気にしてない?」
「うん! だってみんな夏雪目当てで来てるんでしょ? 夏雪が出ていればそれでみんな満足なわけ誰も物語なんて気にしないよ」
「……え?」
それはきっと私を励ますために言ってくれた言葉だった。
だけども先輩の言葉を聞いて私は少しだけ悲しくなった。
物語なんて気にしない。つまりそれは夏雪ちゃんが舞台に出ていればどんな物語だって関係ないってこと。
私が頑張って書いた脚本は意味がなかったってことなのだ。
夏雪史織。私と同じ学年の女の子。でも見た目は私みたいな地味な女の子と違って綺麗な見た目をしている。
黒色の髪に黒色の瞳、顔は整っていて長くて綺麗な黒髪は後ろって結っている。
そんな見た目だから男女問わず人気でその人気を知った先輩がこの演劇部に勧誘したのだ。
だからなのか今回の演劇は大盛り上がりみんなが美人の夏雪ちゃんを見に来ていた。
演劇が始まって夏雪ちゃんが舞台に出る。実際その演技は演劇部に入ったばかりだとは思えないほどに上手で観客のみんなも夏雪ちゃんの演技に圧倒されていた。
みんなの目は夏雪ちゃんに釘付けで私の脚本はこの演劇の物語は誰にも見られてはいなかった。
ーーー
「あの……良ければ今回の演劇について感想を言ってくれませんか?」
演劇が終わりお客さんたちが会場を出ていく。裏方の私はそんなお客さんから感想を聞くためにインタビュー活動を行っていた。
一年生の裏方がやる恒例行事とはいえ人見知りの私にはちょっと辛い。
それに何よりも……。
「やっぱ夏雪さんの演技が凄かったー!」
「夏雪さんがかっこよくてー!」
「夏雪さん凄げぇ美人だったなって」
演劇の感想はみんな夏雪ちゃんのことばかりで誰も物語のことを話してはくれない。
先輩の言う通りだった。誰も私の物語なんて気にしてはいないのだ。
みんな私の物語なんて見てはくれないのだ。それをみんなの感想を聞けば聞くほどに実感して辛くなった。
とりあえずあと一人感想を聞いて終わりにしよう。
そう思って私は一人の男の人に声を掛ける。黒髪のちょっとカッコいい人。
でも学園祭だというのに友達がいないのか一人でおかげで話しかけやすかった。
「あの……私演劇部なんですけど……今回の演劇どうでしたか? 良ければ感想を伺いたくって」
「感想か……」
その人は私の質問にぼんやりと考える。でも私は分かっていた。どうせこの人も他の人と同じように夏雪ちゃんのことばかりを役者のことばかりを口にするんだと。
「物語が……良かったかな」
「……え?」
「特に主人公が好きな人に想いを告げるシーン。あの主人公の台詞が恋に苦しんでる女の子って感じがして凄く良かった」
「そ、そうなんだよ! その台詞を考えるのに二日以上掛かって……本当に拘った部分で……!」
そこまで言って私は慌てて黙る。自分の物語を褒められたのが嬉しくなってついそんなことを口走ってしまった。
その人は私が急に黙ったのを見て不思議そうな顔を浮かべている。
「あの……最後に名前を聞いてもいいですか?」
別に名前を聞く必要なんてない。それでも私は自分の物語を褒めてくれた彼のことを知りたかったのだ。
「名前? 空風樹だけど」
「空風くん……その……ちゃんと演劇見てくれてありがとうございました」
「いや礼を言うのは俺の方だろ?」
「そ、そうかな」
「だってこんな面白い演劇を見せて貰ったんだからさ」
これが私と空風くんの出会いだった。そして私が彼に恋をした瞬間だった。
でも空風くんとは違うクラス。そうじゃなくても私はいつだって臆病で彼と会話したのはそれっきりだった。
だけど二年生になって同じクラスになって今では一緒にご飯を食べる中になっている。
このままなら恋人にだってなれるかもそんな淡い期待をしていたわけだけど。
ーーー
「最近の空風くん……夢春ちゃんと仲良いんだよね」
部屋の中、私は勉強机の上にある白紙のノートを見ながらそう呟いた。
本当は学園祭の演劇に向けて脚本を書かなければならないのに頭の中は空風くんと夢春ちゃんのことで一杯だった。
おかげで物語を書くことがなかなか出来ない状態になっていた。
あの誕生日以降、空風くんの視線はいつも夢春ちゃんのところにあるような気がする。
夢春ちゃんがどんな気持ちなのかは分からないけど彼女も何だか空風くんのことが好きな気もしないわけではない。
勿論それは良いことだ。夢春ちゃんは性格だって良いし頭も良いし美人だし、そんな人が空風くんと結ばれるのはきっと空風くんにとっても幸せなことなんだと思う。
「でも……私はやっぱり嫌だな。好きな人には私を好きになって欲しい」
そう考えることは悪いことなんだろうか。それは分からないけど。
やっぱり私は諦めたくはない。
「でもどうすれば……」
どうすれば空風くんは私を好きになってくれるんだろう。
そう考えているとふと部屋に飾ってあった演劇の写真が目に入る。
それを見て私は決心する勇気を出して空風くんをデートに誘おうと。




