夢中になるために
マンションの中、夢春と書かれた表紙を確認して俺はインターフォンのベルを鳴らす。
女性の家に入ったのは何も初めてではない。だがそれでも緊張することには変わりなかった。
しばらくして扉がガチャリと開いてパジャマ姿の夢春が部屋から出てきた。
「空風さん……? もしかしてお見舞いに来てくれたんですか」
「まあ心配だったからな」
そう言いながら俺は慌てて夢春から目を逸らした。
理由は簡単、夢春のパジャマ姿が可愛かったから思わず見惚れてしまいそうでそれが恥ずかしくて目線を逸らしてしまったのだ。
「む? どうして目線を逸らしちゃうんですか? 折角見舞いに来てくれたのにそれだと何だか寂しいです」
そう言って俺の顔をがしっと掴むと無理矢理俺を正面に向かせる。
強制的に俺は夢春と向かい合う形になる。彼女の可愛らしい姿が目に入って思わず顔が赤くなってしまった。
熱が出ているのは夢春の方なのに俺の方が顔が熱くなっている気がした。
「お前……熱があるんじゃなかったのか?」
「ありますよ。ほら私の体凄く熱いですよ」
そう言って俺の手を取って自分の額に当てた。確かにこうやって話している分には普通だが明らかに彼女の体温は熱かった。
「お、おい……結構熱あるみたいだけど大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから休んでいるんですよ。今もちょっと意識がくらくらとしています」
「そうだったのか、とにかくゆっくり休めよ。これ今日の分のノートだ。それと適当に甘いパン買ってきたから暇な時にでも食べてくれ」
「ありがとうございます」
「ああ、それじゃこれ以上長居しても悪いし帰るわ」
「え? もう帰るのですか? どうせここまで来たんですしもう少し一緒に居ませんか?」
彼女の体調のことを考えればすぐにでも家に帰るべきなんだろうけど夢春は帰ってほしくはなさそうだった。
正直なところそれは俺も同じだった。折角お見舞いに来たわけだしもう少しだけ夢春と一緒に居たかった。
「分かった」
「それじゃ部屋の中に入ってください。流石にこのまま話すのは体調的に辛いので」
夢春はそう言うと自分の部屋に戻る。俺は緊張しつつも彼女と一緒にマンションの部屋の中へと入った。
「すみません。ちょっと体調が悪くてベッドで横になりますね」
夢春はそう言うとベッドに横になる。そんな彼女を見ながら俺は床に座ると夢春が何故かちょっと拗ねたような表情でこちらを見る。
「ちょっと距離が遠いです。もっと近くに来てください」
「分かったよ」
俺は夢春のベッドの近くまで移動する。すると夢春は俺の手を引っ張ってベッドの上に座らせた。
「これぐらいの距離で話しましょう」
「ちょっと近すぎないか」
「近い方が安心するじゃないですか」
夢春はそう言って笑う。彼女は俺が近くにいて安心すると言ったが俺はというとドキドキして落ち着かなかった。
俺は夢春と雑談をしながらそっと部屋を見る。女の子らしい綺麗な部屋。そんな中でふと本棚が目に入った。
中には小説……は無かったが代わりに漫画本が沢山置かれている。
「漫画結構持ってるんだな」
「あーはい。良かったら読みますか……私は少し休んでいるので」
「じゃあ少しだけ見てみるよ」
しんどそうには見えないけど夢春が病人なのは事実だ。
平気そうな顔で会話しているがやはり結構無理をしていたらしい。
休むという言葉と共に眠ってはいないものの夢春らしからぬ程に静かになり何も言わなくなった。
俺はそんな彼女を横目で見つつも本棚から漫画本を見る。
そこには沢山の漫画が置かれていた。夢春は夢中になるものがないと言っていたが漫画をちゃんと読んでいるじゃないかと安心する。
でもすぐにその本棚を見て俺は違和感に気づいた。
「なんだこれ……ほとんど一巻だけじゃねぇか」
そこで俺は漸く気がついた。この本棚は彼女なりに漫画を好きになろうとした努力の痕跡だったのだ。
夢春は夢中になる物がない。それでも漫画ならば夢中になれるのではないかと良さそうな漫画を買っているのだろう。
でも結局自分が好きになれる漫画は見つからなかった。
だから一巻以降の漫画がなかったのだ。
でもそれをわざわざ口にはせず。適当に面白そうな漫画本を手に取って夢春の所へと戻った。
そして何も言うことなく漫画を読み始める。
あまり人気のないマイナーな漫画だったけどストーリーは面白くて続きが気になる漫画だった。
特に登場人物の心理描写が的確で読んでいるだけで感動して涙を溢しそうになるほどだ。
こんなに良いストーリーなのに夢春は好きになれないんだなと少し悲しくなる。
「この漫画……絵が可愛くて素敵ですよね」
「そうだな。絵も綺麗だ……夢春はこの漫画好きなのか?」
「どうなんでしょう。読んで絵は綺麗だなと思ったのですが……続きは買う気は起きなくて」
そこまで言って夢春は少しだけ笑った。でもその笑みは今までのような楽しいから笑っているのではなく夢中になれない自分を誤魔化すために笑っていた。
それを分かっているからだろう。俺は何だかその笑顔が悲しそうに見えた。
「夢春……別に俺の前では無理する必要ないからな」
「空風さん……空風さんは優しいですね。そこまで言うのであれば少しだけ甘えちゃってもいいですか?」
「別に何でも言えよ。大体お前は病人なんだしな」
「それならーー」
そう言って夢春は目を細めて意地悪な笑みを浮かべる。
そんな夢春に何を言われるのかと身構えていると彼女がゆっくりと言葉を口にした。
「私、夜ご飯が食べたいです」




