消えた悪夢
「空風さん……顔色が悪いみたいですけど大丈夫ですか?」
放課後の帰り道。俺と夢春が一緒に帰っていると彼女が心配そうに尋ねてくる。
それに対して俺は暗い表情のまま大丈夫だと口にした。
今日は俺の誕生日。誕生日になると俺の悪夢を見る頻度が増える。
元カノが俺の目の前でキスをする夢。その夢を見るたびに俺はうなされて飛び起きるように目を覚ます。
もう既に未練などない。アイツのことが好きだという気持ちは既に消えていた。でもあの頃のトラウマだけは悪夢だけは消えなかった。
恋という気持ちは簡単に消えてしまうのに心の傷だけはずっと残り続けていたのだ。
そして今日もその悪夢を見た。誕生日が近づくと夢を見る頻度はどんどん増えていき誕生日の前日と当日、次の日ぐらいまではずっと俺は悪夢を見続けることになる。
だからこそ俺はすっかり気分が落ち込んでしまい暗い顔をしてしまっている。
その事で夢春に心配を掛けるのは悪いことだと理解しつつも落ち込んだ気分は簡単に戻るものではなかった。
「空風さん……私ちょっと寄りたい場所があるんですけど付き合って貰えますか?」
「……ああ」
俺は夢春の言葉に素っ気なく答えた。
体調が悪いのは事実だ。でも同時に家に帰っても悪夢が怖くて眠ることは出来ない。
一人寂しく部屋にこもるよりは夢春と買い物に出掛けて時間を潰した方がマシだった。
ふと夢春の方を見る。彼女は普段通りの明るい笑みを浮かべながら俺の横を歩いている。
結局少し前に誕生日を祝うか祝わないかで揉めたが中間テストが挟まったおかげなのか夢春はすっかり俺の誕生日のことなど忘れたようでそれ以降その話題が出ることはなかった。
もしかすると本当は忘れてはいなくてそれでも口に出したら揉めると思って話題にしなかったのかもしれない。
どちらにせよ。誕生日の話が出てこないのは俺にとっては有難いことだった。
「ここがお前の寄りたかった場所か」
夢春と一緒に着いたのは只のなんてことのない書店だった。
本屋には勉強で使う参考書や俺が普段から読むような漫画やラノベなどが並んでいる。
「ほら私って夢中になるものがないじゃないですか? なので面白い本を探そうと思いまして……でも私一人ではどの本が良いのか分かりませんしなので空風さんと一緒に本を買いたかったんですよね」
「そういうことか。それならお前でも好きそうなのは……」
本屋で俺は夢春でも夢中になれそうな漫画本を探す。
夢春と相談しながらどういうジャンルの漫画が良いかどんな絵柄の漫画が良いかなどを話し合い何冊か本を選ぶ。
「ありがとうございます。私、この漫画を買ってみますね」
「好きな漫画見つけられると良いな」
「はい!」
俺たちは漫画本を買うとそのまま雑談をして家に帰る。
雑談をして気がつけば自宅の前。いつもならここで夢春と別れるのだが彼女はこのまま家に帰るつもりはないらしい。
「今日は愛梨さんとお菓子を作る約束があるんですよ」
「愛梨とお菓子作りか……最近仲が良いみたいで羨ましいよ」
「そうなんですよ。最近はお話することが増えて特に料理の話題でよく話したりするんですよ」
そんなことを言いながら夢春と俺は家に入り妹がいつもいるであろうリビングの扉を開けたその時だった。
パァンというクラッカーの乾いた音が鳴り響く、目の前には愛梨や如月、桜野の姿があってテーブルには沢山のごちそうと大きなケーキが置かれている。
「「お誕生日おめでとう!」」
みんなが誕生日を祝ってくれている。本来ならば喜ぶべきなのだろう。でも俺はこの状況に顔を静かに俯かせる。
普通の人ならばここで笑顔にでもなってみんなと一緒にこの誕生日を楽しめるのかも知れない。
でも俺にはどうしたって元カノとのあの思い出が甦ってしまって喜ぶことが出来なかった。
「嬉しいけど……でも誕生日は祝わないって言っただろ」
「それでも私は空風さんの誕生日を祝いたかったんです。勿論今日が彼女に振られた日でその日を祝いたくないと言っているのも分かっています。ですが……貴方が生まれた日なんですよ。祝いたいじゃないですか」
「なんでそこまで……」
「そんなの決まってるじゃないですか。空風さんの事が大好きだからです」
夢春は恥ずかしげもなくそんなことを言ってのける。
好きと言われて少しだけ驚いたがすぐにそれは友達としてだということに気づいた。
「私だけじゃないですよ。ここにいるみんなが空風さんの事が大好きで誕生日を祝いたいと思ったからここに来ているんです」
「でも俺は誰にも好かれない」
その言葉を聞いた瞬間、夢春がくすっと笑った。
「何ですかそれ。どうしてそんな考え方をしているのかは分かりませんがーー」
そう言うと夢春はそっと俺の頬をそっと触れる。
「私は貴方の事が大好きですよ」
「……夢春」
「だからそんな悲しいこと言わないで下さい。仮に空風さんが誰にも好かれなかったとしても私はずっと貴方を好きでいますから……だからもう大丈夫ですよ」
夢春はいつものような優しい笑顔を浮かべる。俺はずっと元カノに言われたその言葉に苦しめられてきた。
ずっと心の傷としてあの日の思い出があの日の言葉が残り続けていた。
今もその言葉と思い出は残り続けているけど夢春の言葉で心の傷が薄れたような気がした。
「お前は相変わらず自分勝手な奴だな」
「そうですよ。私は自分勝手な人間です。だから誕生日を祝いたいと思ったら祝うんです。なので空風さん一緒に楽しみましょう!」
「……そうだな。折角の誕生日だし楽しまないとな」
俺は夢春と一緒にみんなの元へと向かってパーティーを楽しむことにした。
そして俺はその日以降、悪夢を見ることは無くなった。




