羽ばたかないで
お父さんとお母さんは天国に羽ばたいていったんだよ。
それは誰が言った言葉だったのか、今となっては思い出せないけどその言葉だけはずっと心に残り続けている。
当時の私は亡くなるということがよく分からなくて本当にパパとママは自分を置いて空の世界に羽ばたいて行ったんだと思っていた。
捨てられたのだと思った。自分のことが嫌いになったのだと思った。
でも同時にいつかは帰ってきてまた私を抱き締めてくれるんじゃないかって期待もしていた。
だからなのだろう。まったく知らない人が私の新しいパパとママだと紹介された時。
私はそれを認めたら本当にパパとママがいなくなってしまうような気がして二人の事をよく拒絶していた。
空風家の両親と私の家の両親は友達関係で身寄りのない私を不憫に思って空風家の人たちは私を引き取ったらしい。
今でこそ新しい両親には感謝しているが昔の私はそんな二人に猛反発してよく暴れたものだった。
それは同じ空風家の兄である空風樹ーー兄さんにも言えることだった。
私には兄がいなかったので義父義母に比べると抵抗感こそ少なかったけどそれでも私は新しい家族そのものが嫌いだったので家族の一人である兄さんも同じように拒絶していた。
今にして見れば生意気な妹だったと思う。だけども兄さんはそんな生意気な私を否定することはなかった。
「そうだよな。俺もいきなり妹が出来たと言われて困ってたんだよ。知らない人同士なんだ……なのに家族だって言われても困るよな」
「……うん。あんなの私のパパとママじゃない……貴方だって私のお兄ちゃんじゃない」
「そうだ。だから……友達になろう! 相手と仲良くなるにはまず友達になるのが大事だって先生が言ってたんだよ! だからさ家族になるんじゃなくて俺と友達になってくれないか?」
「……友達」
別に私は孤独になりたかったわけじゃない。ただ家族と認めたくなかっただけなのだ。
だから家族として近づくのではなく他人として近づこうとしてくれる兄さんは不思議と嫌いだとは思わなかった。
それから私は兄さんと家族ではなく友達として過ごすようになった。
その当時の私は学校も変わって孤立していた。別にいじめられてはいなかったが友達と呼べる人もまだいなかった。
だから余計に彼との友達としての時間が私にとって大切なものになっていった。
兄さんと沢山話してちょっとずつ心の傷も癒えてきた。
そしてそれと同時に新しい両親とも会話をしたいと思うようになっていった。
でもその頃には私が沢山両親を拒絶したせいであまり会話することが無くなっていた。
その事を兄さんに相談したら任せろとすぐに私と両親の関係を良くしようとしてくれた。
私がテストで良い点数を取ったこと、学校でちょっとずつクラスメイトと馴染み始めたこと。
それらを昼食の時に彼は両親に話して私と両親で会話が出来る雰囲気を作ってくれたのだ。
おかげで今では普通の親子に近い関係を作ることが出来ている。
少なくとも最初の頃のような気まずい雰囲気はない。
それからも兄さんと私は友達として一緒に過ごしてきたが、ある程度時間が経って私は友達ではなく家族として一緒に過ごしたいと思うようになった。
「あのね……樹くん……これからは兄さんと呼んでもいいかしら」
「いいのか? 別に無理をしなくても……」
「無理とかではないの……むしろその呼びたくなったのよ。これからは友達ではなく家族として側にいさせて」
本当はお兄ちゃんなんてちょっと可愛らしい呼び方もしてみたかった。
でもそれは何だか恥ずかしすぎるし私には兄さんと呼んだ方がなんだか呼びやすい気がして兄さん呼びにした。
「そっか。それならこれからは妹としてよろしくな愛梨」
そう言って私は兄さんに撫でられる。私はその時、家族として側にいたいと兄さんに言ったけどそれは嘘。
本当は家族としてではなく恋人として兄さんの側にいたかった。
兄さんは私を孤独を救ってくれた人、いつも私を否定しなかった人。
好きになるに決まっていた。
でも私と兄さんは血が繋がらないとはいえ兄妹。
兄さんも私のことは只の妹としか見ていない。
でも別にそれでも良かった。兄さんに私以外に恋人が出来てもそれで兄さんが幸せなら構わないと失恋も耐えようとそう思った。
でもそれが間違いだった。兄さんのことを愛しているのならば他の女を近づけてはいけなかったのだ。
それは兄さんの誕生日だった。兄さんの顔は涙で腫れていて誕生日を祝えるような状態ではなかった。
部屋で泣いている兄さんに事情を聞いてようやく恋人と別れたのだと知った。
私は兄さんの恋人がどんな人だったのか知らない。
名前も顔も聞かされてはいなかった。だけどもその人が兄さんを傷付けて悲しませたことは分かった。
私は昔こう思った。自分が兄さんの恋人にならなくても兄さんに恋人が出来て幸せならばそれで構わないと。
その考えが甘かった。兄さんを幸せに出来るのは私だけだ。
私だけが兄さんの恋人になるのに相応しいのだ。
私が兄さんを守る。兄さんと結婚して兄さんを幸せにするのだ。
「兄さん……大丈夫よ。私がちゃんと兄さんを守ってあげるから」
泣いている兄さんにそっと近づいて彼を抱き締めた。
兄さんの頭を撫でながら私は誓うのだ。
もう誰にも兄さんを渡さないと兄さんを絶対に傷付けないと兄さんを守って見せると。
そうこれは全て兄さんの為……兄さんを守る為なのだ。だからーー。
ーーー
「兄さんの友達が女だなんて聞いてない!」
空気が冷たくなるのが分かった。でも止めることなんて出来ない。
この人がどんな手口で兄さんに近づいたのかは分からないが私が兄さんを守らないと。
「兄さんのお友達だったわね。少し話したいことがあるの……いいかしら?」
「はい! 構いませんよ。私は夢春です。一緒にお話ししましょう」
「夢春さんね。それじゃ一緒にリビングまで来てくれる。兄さんは……悪いけど一人で勉強していて貰える?」
「分かった。だが夢春は俺の友達だ……悪い奴じゃない。俺が元カノに振られて落ち込んでいたからお前が夢春に警戒心を抱くのは分かる。でも俺は夢春と会話して夢春のことを信じたいって思った。だから愛梨も夢春のことを信じてほしい」
「それは話せば分かることよ」
私はそれだけ呟くと夢春さんと一緒にリビングへと向かった。




