聞いてない
「ここが空風さんのお部屋ですか!」
部屋の中、夢春は目を輝かせながら俺の部屋を隅々まで見て回る。
そんな彼女にため息を吐きながら俺はテーブルを置いて勉強の準備を始めた。
「ほら……勉強するんだろ?」
「それはそうですけどもう少し空風さんの部屋でのんびりしたいです」
夢春はそんなことを言いながら俺のベッドでごろんと寝転がっていた。
何というか無防備すぎるその姿に俺は慌てて目を逸らす。
友達とは言え女の子が自分のベッドで寝転がっているその状況に緊張しない方が無理だった。
「というか……人のベッドで勝手に寝転がるなよ」
「えーでも空風さんのベッド柔らかいですし寝心地凄い良いですよ? 良いじゃないですかもう少しのんびりしたって」
夢春は本当に悪気がないといった感じでそんなことを口にした。
俺の部屋だっていうのに俺だけが緊張していた。
でもそんな夢春を見てやっぱり彼女は俺の事を完全に友達としか認識していないんだろうなと思った。
それにちょっとだけ残念という気持ちが無かったわけではないがそれ以上に安心したという感情が大きかった。
俺としては恋愛なんて苦い思い出しかないのだから。
「のんびりするのはいいが俺は勉強するからな」
俺はそう言って教科書とノートを取り出して夢春を意識しないように勉強をする。
その間も夢春はベッドで寝転がっていたがやがて飽きたのか俺の方へと近づいてくる。
そして机の上にここに来る前に買ってきたお菓子を取り出して食べ始めた。
「いや勉強しろよ!」
「もうそんなに怒ってはダメですよ。勉強は心の余裕を持ってやるものです。ほら空風さんもお菓子あげますね」
夢春はそう言うとクッキーを一つ摘まんで俺の顔に突き出した。
俺はそれを手で取って食べる。そんな俺に対して夢春は不服そうだった。
「あーんすれば良かったのに」
「しねぇよ! つか恥ずかしすぎて出来ないって……」
「つまり照れているということですか!」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ。そりゃ女子にあーんされたら男子は照れるもんなんだよ」
「私、女友達とかによくやってますよ?」
「男子の話をしてるんだよ!」
夢春がたまにあーんをしている所はよく見る。例えば如月や桜野相手にもよくおかずを食べさせている。
きっと夢春は彼女たちと同じように俺にも接しているのだろうけど。
当然俺は付き合ってもない女子にあーんして貰う勇気などなくこうやって断っている。
「ふふっ、でも照れている空風さん。私、結構好きですよ」
「どうせ友達としてだろ」
「勿論そうですよ? もしかして恋人として好きになって欲しかったんですか?」
「そんなわけないだろ。いいから勉強するぞ」
夢春のその言葉にちょっと残念だと思っている自分がいる。
いや実際恋人として好きだと言われてもそれはそれで困るのだが。
というか夢春と一緒に勉強すれば成績上がると思って部屋での勉強を了承したのに肝心の夢春が勉強をしてくれないのでは意味がない。
俺は今度こそ勉強に取り組み、夢春もそれに合わせてお菓子を食べつつ勉強を始めた。
「夢春……ここの問題分かるか?」
「ちょっと待って下さい……この位置じゃ見にくいですね。向かい合って勉強も良いですけど隣で勉強してもいいですか?」
「ああ……分かった」
俺と夢春は向かい合って勉強をしていた。でも教え合うには向かい合っているとお互いのノートが見えにくい。
なので夢春はノートや教科書などを持って立ち上がると俺の隣に座る。
「この問題はですね……」
夢春が隣で勉強を教えてくれている。俺はそんな彼女を見る。
綺麗な横顔だった。綺麗な髪だった。
普段からそんなことは分かってはいたけど……それでも俺はそんな夢春に思わず見惚れてしまう。
「どうかしましたか? ぼーっとしているみたいですけど」
「別に……ちょっと疲れただけだ」
夢春が可愛かったから見惚れていたなんて口に出来るわけがないので適当なことを言って誤魔化した。
夢春も特に何も考えてないのかその事に納得すると再び勉強を教える。
「空風さん……ここの問題分かりますか?」
「ん? ああ……これは」
互いに分からない問題を教え合う。そのおかげが徐々に勉強は進んでいった。
最初こそは夢春と勉強していて大丈夫かと不安だったが今では夢春と一緒で良かったと思う。
「空風さん……もう一つだけ教えて頂きたいことがありまして」
「なんだよ? 何でも言ってみろ」
また勉強で分からないところがあったのかと彼女の方を見る。
夢春はそんな俺に対して真剣な表情で質問する。
「空風さんが誕生日の日に何があったのか……それを私に教えてくれませんか?」
「それは……」
夢春の言葉に項垂れる。互いに沈黙の時間が続いた。
普段なら夢春と一緒にいれば沈黙の時間だって楽しかった。
でも今は違う。ひたすらに重苦しい時間だった。
そんな中で先に諦めたのは俺の方だった。確かに辛い過去だ。でも隠すような過去でもない。
俺は夢春の質問に答えるように話した。
「大した事じゃないんだ。誕生日の日に好きだった恋人に別れようって言われてさ。目の前でその元カノは他の男とキスしたんだ。それだけなんだ……でもそれがずっとトラウマになってる」
「そうなのですね……すみません」
夢春は迂闊なことを聞いてしまったと反省しているのか謝罪を口にする。
そんな彼女に俺は首を振った。悪いのは未だに立ち直れていない俺かあるいはわざわざ悪意ある方法で振った元カノなのだから。
「別に気にしてないよ」
「いえ……その恐らく空風さんは勘違いしています。私が謝ったのは迂闊なことを聞いたとかそういうわけではなくむしろ空風さんのことはもっと知りたいと思ったので空風さんの辛い過去は聞けて良かったと思っているんです」
「だったら何を謝る必要が」
「私が謝ったのは貴方の気持ちに寄り添えなかったことです。私はその……恋をしたことがなかったので。頭では分かっているんです。辛いことなのだと悲しいことなのだと。でも同時に一緒に苦しむことが出来なくて……それが申し訳なくてだから謝ったんです」
実際恋の気持ちなんてしてる本人じゃないと分からないものだ。
振られた辛さだって本人である俺にしか分からない。
だから別にそれは夢春が謝ることではない。そう口にしようとした時だった。
夢春の頭が俺の肩に乗っかる。それに驚いていると夢春はそのまま俺の手を握って繋いだ。
「な、なんだよ……急に」
「貴方と一緒に苦しむことは出来ませんがそれでも貴方の側にいられればと。側にいることでちょっとは心の傷が癒えれば良いのですが」
「あ、ああ! もう大丈夫だ! だから離れてくれ」
そう言って離そうとした瞬間だった。ドンドンと扉のノック音が響いた。
俺は慌てて夢春を離して互いに誤解を招かないようにする。
そして入っていいと伝えると扉が開いて愛梨が部屋に入ってきた。
「兄さん……友達が部屋に上がってるのよね? どんな飲み物が飲みたいか聞きに来たんだけど……」
そこまで言って愛梨の表情が曇る。先程までは引っ付いていたがちゃんと夢春は離れてくれていたので何も驚く理由はないはずだ。
「……聞いてない」
「な、なにが……」
「兄さんの友達が女だなんて聞いてない!」
「……え?」
愛梨の言葉に空気が冷たくなる。そんな中で愛梨は悲しそうな顔で俺と夢春を見ていた。




