誕生日の話
「空風さん……誕生日というものを知っていますか?」
「お前……俺を何だと思ってるんだ?」
屋上のベンチ。そこで俺たちがいつものように食事を取っていると突然夢春がそんなことを言い出した。
もっとも夢春が変なことを言い出すのは別に今に始まったことじゃない。
俺は半ば呆れつつも弁当のおかずを食べる。
「いえ、単純に空風さんの誕生日はいつなのかなと……ほら友達の誕生日お祝いしたいじゃないですか」
夢春の言葉に俺は顔をしかめる。それは何も夢春が悪いのではない。
俺の問題で誕生日の話題になると少しだけ気分が沈んでしまう。
だって誕生日は俺が元カノに振られた日。それ以来俺は立ち直れないままで去年の誕生日も祝うことなく一人部屋の中で過ごした。
愛梨からも兄さんの誕生日だから祝いたいと言われたが俺はそれを拒絶していた。
だから俺は夢春の質問に何も返さずにお弁当を食べ続ける。
「空風さーん! 誕生日教えてくださいよー」
「……嫌だ」
「むぅー! それなら空風さんのお弁当食べちゃいますよ?」
「何でそうなった!? 俺は誕生日を教えるのが苦手なんだよ」
「いや……誕生日教えるのに苦手も何もないでしょ」
俺の誤魔化しに桜野が呆れた様子で正論を言う。
別に誕生日を教えること自体は特に抵抗はない。
ただ夢春の場合、絶対に誕生日を聞けば俺を祝おうとする。
勿論その気持ちは有り難いがまだ俺の心の傷は癒えていない。
だから誕生日の日に祝われてもきっと素直に喜べない。
それどころか誕生日と意識すればするほどにあの頃の光景が頭に浮かんで苦しい思いをするのだ。
だから夢春にだけは教えるわけにはいかなかった。
「照れてないで教えてあげたら? 誕生日ぐらい何も隠す必要ないじゃん」
「私も……空風くんの誕生日は知りたいかも」
今回俺の味方はいないらしい。というかむしろ三人とも何故か俺の誕生日に興味津々だ。
でもそれはよくよく考えると当然の事なのかも知れない。
誰だって友達の誕生日が来たらおめでとうの一言ぐらいは言いたいものだ。
俺だって夢春や桜野、如月の誕生日を祝ってやりたいという気持ちはある。
だからこそ彼女たちが俺の誕生日を知りたいのは分かるがだからこそ自分は言いたくなかった。
「誕生日はあんまり教えたくない」
「それはどうしてですか? 何か誕生日に嫌な事でも?」
夢春の言葉に俺は驚いた。彼女は適当に言っただけなのだとは分かっているがそれに対して俺は何も言えず下を向いてしまった。
それに対して流石の夢春も不思議に思ったのか心配そうに俺の顔を見る。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ……ああ。分かったよ誕生日は教える。でも俺は誕生日は祝って欲しくないんだ。理由は言えないけどお前の言う通り辛いことがあったから……祝いたくないんだ。それを約束してくれるなら教える」
こんなことで嫌な雰囲気になりたくなかった。もう元カノとは別れて全て終わったことなのだ。
なのに今も苦しんでいるのは俺がその時の事を引き摺っているからに過ぎない。
俺が引き摺って忘れられないからそのせいで気まずくなってしまう。
そんなのは避けたかった。だから自分の事をある程度正直に話して誕生日だけは教えると口にする。
「……分かりました。それで良いですよ」
「誕生日は再来週の金曜日だよ」
「ありがとうございます。空風さんの誕生日が知れて良かったです! でも折角の誕生日なのに祝わないなんて少し寂しいです。年に一度の貴方が産まれた日なのに」
夢春はそう言って悲しそうに呟く。きっと元カノもそれを分かっていてその日に別れを切り出したのだろう。
誕生日に必ず彼女の事を思い出すようにあの悪い出来事を思い出すように。
「別に誕生日なんて祝うほどのものじゃないだろ。ましてや俺の誕生日なんだし」
「……でも! やっぱり私、空風さんの誕生日を祝いたいです!」
「……誕生日は俺にとっては嫌な日なんだ。それに約束しただろ誕生日を祝わないって」
「約束はしました。でも約束を守るとは言っていません!」
「お前……滅茶苦茶だな」
「私は元から滅茶苦茶な人間ですよ。なので誕生日一緒に祝いましょう!」
夢春はいつも通りの明るい口調で呟く。確かに俺は彼女のおかげで一人ではなくなった。
夢春と仲良くなって桜野や如月とも知り合えた。
でもそれでも俺は誕生日を祝いたくなかった。心の寂しさは消えても心の傷は消えなかったのだ。
「ごめん……それでも俺は誕生日を祝いたくない。気持ちだけ受け取っておくよ」
「……でも」
残念そうな表情で呟く夢春。それに対してこのまま話し合っても仕方ないと思ったのか桜野が別の話題を口にする。
「誕生日の話も良いけどさ。私たちはそれよりももっと別のことについて話し合うべきなんじゃない?」
「別のことってなんだよ?」
「そんなの決まってるじゃん。来週の中間テストについてだよ」
「中間テストか……」
桜野の言葉を聞いて俺は静かに項垂れたのだった。




