思わぬ動揺
「兄さん……今週の土曜日だけど何か予定とかある?」
リビングで愛梨が皿洗いをしながら突然そんなことを聞いてくる。
いつもの俺ならば予定などないと答えるところだが今回においてはデートの予定があった。
「土曜日は友達と出掛ける予定なんだ」
ドンッという音と共に愛梨がコップを落とした。
幸い割れはしなかったが彼女は何故か信じられないものを見るかのように俺を見ている。
「……いくら払ったの?」
「無償だ! 友達料金とか払ってねーよ!」
「そんな兄さんに友達が出来るなんて」
彼女が動揺するのも分かる。高校に上がってからは人付き合いを避けてきた。
だからそんな自分に友達が出来るのが驚きであり同時に怖いのだろう。
なんたって愛梨は振られてボロボロになった俺を見ているからな。
友達が出来てまた裏切られて俺が傷つくのが嫌なのだ。
「どうして友達なんか作ったの。あいつらは兄さんを傷つけるだけじゃない。私は嫌よ……兄さんが苦しむ姿を見るのはもう嫌」
「……別に俺は友達を作りたくて作ったわけじゃない。……わけじゃないけど」
それでも何でだろう。極論言えば俺は拒み続けることだって出来た。
それはデートの誘いのことではなく夢春と友達になることを拒絶することだって大変だけどその気になれば出来るはずなのだ。
でも俺はそんなことはしなかった。したくなかったのだ。
甘いことだと思う。馬鹿なのかも知れない。それでも夢春の……アイツのことを信じたいと思ってしまった。
「でもやっぱりソイツを信じてみたいって思ったんだ」
「その人は……! その人は兄さんを利用しているかも知れないわよ」
「その時は愛梨が慰めてくれ」
「……仕方ないわね。その時は私がまた面倒を見てあげる。でも期待はしない方がいいわよ。期待したら裏切られた時辛くなっちゃうでしょう」
「分かってる。それより愛梨は何を言うつもりだったんだ。土曜日の予定を聞いていたけど」
「ちょっと買い物をね……一緒に行けたらと思ったのよ」
「買いたいものがあるならついでに買ってきてやるけど」
「いいの……買いたいものは大したものじゃないから。ただの口実に過ぎないもの」
「口実……?」
「何でもない。兄さんは友達と出掛けるんでしょ。楽しんできてね」
「ああ」
彼女もきっと何かしらの用事があったはずなのだ。
なのに俺はそれを断ってしまった。仕方ないこととはいえデート中に何かしらお土産を買ってあげようと心の中でそう思った。
ーーー
「お待たせー!」
待ち合わせ場所で待っていると明るい声と共に桜野がこちらに駆け寄ってくる。
デートという名目こそあるものの俺たちの関係はあくまで友達同士だ。
だというのに彼女の服装は明るい色の可愛らしい服で普段見慣れた制服の姿と違うので思わず見惚れてしまう。
「んーどうしたの?」
「いや可愛いなって思ったから」
「なになにー惚れちゃった?」
容姿を褒められて嬉しいのか得意げな表情でニヤリと笑うと俺の前でくるくると回って自分の姿を見せつける。
実際可愛いと思ったのは事実だが調子に乗るので口に出さない方が良かったなとちょっとだけ思った。
「いやーでも長い時間掛けて服選んできて良かったよ! 先輩も喜んでくれたみたいだしさ」
「というか俺とのデートならそんな時間掛けて選ばなくたって良かっただろ」
「そんなことないよ! 大体これは恋愛漫画の参考の為のデートなんだよ! ちゃんと恋人相手とデートするつもりで服だって選ばないと」
確かにその通りだなと思った。彼女はそれだけ恋愛漫画を描くのに真剣だということだ。
そうこれはあくまで恋愛漫画の為。だから別に俺の為にお洒落な服を着てきたとか自惚れてはいけない。
「それじゃ先輩どこ行く?」
「どこってショッピングモールだろ?」
そう俺たちがいるのはショッピングモールの前だ。
だから当然ショッピングモールに行くのだと口にするが桜野はそういう意味じゃないと頬を膨らませる。
「そうじゃなくてショッピングモールで何するって話だよ」
「……何も決めてないけど。というかお前がショッピングモールに行きたいって言ったんだろ? 何か行きたい所とかないのか?」
きっとデートに慣れていれば予めどの店に行くとか決めたりしているものなんだろうな。
でも俺はデートという事実だけで頭が一杯でそこまで考える余裕がなかった。
「それがさショッピングモールに行くって約束したのは良いんだけど……デートだと思うと緊張しちゃってそこから先のこと考えて無かったんだよねー」
桜野は照れたように顔を赤くして恥ずかしそうに笑った。
「なんだ。ちょっと安心した」
「安心って何が?」
「俺も桜野とデートだって意識しちゃってそれでその先のこととか考えられなかったんだよ。だから緊張してるのは俺だけじゃなかったんだなって安心したんだ」
「緊張してるってことは私を恋人として意識してるんだ」
「恋愛漫画の参考の為なんだろ? だったら恋人同士のつもりでデートしないとな」
「そ、そうだね……あはは」
桜野の顔は赤いままでそっと手を差し出した。
彼女が手を差し出したその意味は分かっている。
桜野は手を繋ぎたいのだ。そして手を繋ぐこと自体は初めてではない。
少し前に桜野相手にしたことだ。だというのに一回目よりも二回目の今の方が緊張する。
でもそれを悟られたくはないので彼女の手をそっと握るとショッピングモールへと向かった。




