第2話 儂は頑張ったけれど死じゃたよ~! (1)
朝靄が港町を優しく包み込み、潮の香りと波音がまるで古の琴の調べのように静かに響いている。
俺は縁側で蓮茶の湯気をゆっくりと味わいながら、幼い頃の砂浜での記憶をぼんやりと思い返していた。
「おい、また昔話に浸ってるのか?」
ふいに声がして顔を上げると、桃花色の衣を揺らす少女が、まるで春風のようにそこに立っていた。
「まあ、題の通りだって? それなら、儂の話を聞いてくれよ」
俺たち《《団塊世代》》は、地方の田舎から都会へ集団就職し、焼け野原だった日本の復興のために休む間も惜しんで働いた。
まるで仙薬のように真面目さを糧に、俺も含めみんなが戦後の復興に大きく貢献したんだ。
そんな俺たち《《団塊世代》》は、都会で恋を育み、家庭を築き、その地の住人となり、子どもを育てるうちに、いつの間にか戦時中や戦後の焼け野原の混沌──殺伐とした荒々しい気性も、桃花の花びらが舞うように変わっていった。
俺は広島県、元呉鎮守府の近くの島育ちで、幼い頃は砂浜に不発弾の魚雷が打ち上げられ、爆発しないよう信管を抜く作業を見たり、時には手伝ったりもしていた。
そんな命懸けの日雇いのアルバイトを、今流行りの《《異世界ファンタジー》》の世界観のように平然としていた世代だから、兄貴はその作業中に爆発して腕を失ったこともある。
こんなことばかりをして青春期を育った俺だから、他の兄貴や従兄弟も気性が荒く、【仁義なき戦い】の舞台でもある広島や呉ではヤンキーたちにも有名だった。
俺の姉ちゃんは広島の有名な組長を親戚に持つ義理の兄と結婚した。
だから俺が呉や広島で悪さをしても兄貴たちに頼めばなんとかなったが、結婚して家族を持つと、子どもたちは俺のようにはしないよう教育したつもりだった。
それでも娘と末っ子以外はみんなヤンキーになり、地元で好き放題暴れていた。
結果、喧嘩相手の親に謝りに行ったり、警察署へ迎えに行ったりする生活も続いた。
それでも兄貴が営む造船業の専務として溶接工などをこなし、その後は姓名判断を見ながら印鑑の訪問販売を続け、家と店を手に入れ、広島お好み焼きの店も始めた。
……まあ、そんな日々も、今となっては遠い昔の蓮茶の香りのように、ふんわりと心に残っている。




