簪の音 四話:浴衣
「おはようございます」
「あら!稲荷さんおはようございます!昨日はちゃんと寝れたかしら?」
「はい、すっかりと。なんか自分の世界にいた時よりもしっかりと心地よく寝れた気がします」
「それはよかったわぁ〜!」
ー翌日、早朝5時半
昨日は稲荷の歓迎会が行われた。
あのあと、おばあちゃんとキキ・・・そして、リリも父親が迎えに来るまで買い物と夕飯の支度をした。
夕飯の時間は一緒にいられなかったが、手伝ってくれた手土産にとおばあちゃんが稲荷寿司を持たせてくれた。
・・・——————
「せっかくだから作ったおばあちゃんと一緒に食べたかったわ」
「また今度お休みの日に、お昼ご飯を一緒に作って食べましょうね?」
「次の休みにそうしましょう!!今日は我慢するわ!これはママと妹と一緒に食べるわ!」
「お父さんにはあげないの?」
「パパは勿体無くて食べられないっていつも食べるまでに時間掛かるの。翌日まで掛かる時があるわ」
「あら!かわいいお父さんね!」
「あんなデカブツ男は天地がひっくり返っても可愛くなんて見えんわ!!」
そう言って帰っていったリリ。その後の歓迎会では大人しか居ないこともあり、お酒も振る舞われた。
「私が・・・!!私の自我がもうちょっと・・・!!あとちょっとだけ・・・!!もしくはリリちゃんがもうちょっと早くきて私の顔を引っ叩いて目覚めさせてくれればっ・・・!!そうすればっ!!ココは!!ココは今も一緒に稲荷寿司食べれてたのにぃーーー!!!あああああーーー!!」
酒を飲んだキキが泣き喚く。
一年前、キキがこの世界に来た時、更に他の世界からキキを追って敵も一緒にやってきた。
敵の仕掛けた攻撃により、キキの魔力が暴走をしてしまったのだ。
暴走したキキの魔力は、キキ自身をも破壊してしまう程であり、それを、キキと一緒にこの世界に来た彼女の精獣である《ココ》が自らを犠牲にしてキキを救ったのだ。
そして、その精獣は消え去ってしまった。
その瞬間、本来キキの中へと還るはずの、精獣の証である首輪に付いていた珠をイッセイが掴んだ。
しかし、その珠を持っていても、精獣を蘇らせられる訳でも、どうにか出来るわけでもなく、イッセイの自室の机の上に置かれている。
その精獣の《ココ》の事を、お酒を飲んで酔っ払った際に、ぶちまけているのだ。
「ばあさん、娘をもう寝かせてやれ」
「そうですね、キキちゃん!もう寝ましょう!きっと、キキちゃんが悲しんでいるとココちゃんも寂しいですよ!」
「うわぁあああああん!!ココーーーーー!!」
「ダメじゃな。イッセイ、娘を部屋まで引きずってけ」
「ほら、キキ。部屋に行こう。すぐそこなんだから、肩貸すから」
そう言ってキキの腕を持とうとしたイッセイ。しかし、稲荷に止められた。
「私が、彼女を運びます」
「あら!助かるわぁ!こっちの部屋よ!」
そう言って、稲荷がキキを横抱きにした。
おばあちゃんの案内で、部屋の扉が開いた。そして、キキを抱えたまま部屋に入った稲荷。
「この部屋はね、孫娘のお部屋なの!そのままキキちゃんに使ってもらってるのよ!」
ベッドに横たわらせた。そして部屋を一周見回す。
机の上に地図や本が積み重なっている以外は綺麗な部屋だ。
その机の資料が、彼女がこの世界で核を探している資料なのだと直感でわかった。
キキが酔っ払ってベラベラとよく話をしていた。
彼女の暴走した力が核へ接触した。そしてこの世界の『設定』が変わった。そして大気汚染がなくなり、人々がマスクなしで外に出れるようになった。
なのに、魔法を介して間接的に接触したキキ本人がまだ核の場所を掴めていない。
一度自分の魔法や魔力が触れたモノへの追跡や感知は難しいができないわけではない。
増してはキキは姫巫女であり、魔力の保有量も相当なモノだと稲荷は初見でわかっていた。
「・・・核を探す道具があるのに、使わないんですね」
横にした時、キキの服の中から出てきた『刻印石』を見ながら稲荷が呟いた。
・・・——————
「彼女はまだ起きてないんですか?」
「えぇ!まだ部屋から出てきてませんよ!うちに来てからお酒を飲んだことは無かったので、まさかあれほどまでに泣いちゃうなんて思いもしませんでしたよ。普段は明るい子ですからね」
「大変だったんですね。その、彼女が泣いてた一年前の話」
「私はその場にいなかったんですけどね。ほら、キキちゃんの部屋の扉に絵が飾ってあるでしょ?その絵を、ココちゃんっていう狐ちゃんが描いたのよ!」
「・・・精霊が絵を・・・?」
「そうなのよ!すごいでしょ!」
「そんな話は初めてですね。昨日はご挨拶が曖昧になってしましましたが、改めてしばらくお世話になります。この世界が悪くなるようなことはしません。そのために、調査しながら『核』を探そうと思います。
お家のこともお手伝いさせて下さい」
「あらー!助かるわ!じゃあ早速今日お願い事があるのだけどいいかしら!」
おばあちゃんはキラキラとした目で稲荷を見た。
・・・———
「おはよう。あれ?」
「おはようございます、イッセイさん。お先に頂いてます」
朝起きてきたイッセイの視界に入ったのは、この世界の服を着た稲荷だった。
先に朝食を食べていた。
「まぁ、外を出歩くんだったらこの世界の服を着た方がいいか」
「それもそうなのですが、おばあさまから頼まれまして・・・」
「何を?」
「イッセイ!おはようございます!稲荷さんに頼んで、『着物』を借りたのよ!型取りさせてもらおうと思って!」
「あぁ、着てた服・・・」
「もう少し薄い布で作るのよ!それを浴衣と言います!おばあちゃんの世界では、夏の暑い日にその”浴衣”を着るんですよ!浴衣を着てお祭りに行くのが楽しいのよ〜!」
おばあちゃんが居間で型紙を作っていた。
これで浴衣が作れるととても喜んでいる。
「そっか、そういうことか。ばあちゃんが悪いね。ありがとう」
「いえ、お世話になる身ですから」
「俺、朝にちょっとだけ学校行って帰ってくるね。そうしたら、核探しの手伝いをするから。この世界に来たばかりで右も左も・・・でしょう?せめて最初だけでも」
「おや、ご親切にありがとうございます!でも、今日はまだ大丈夫です」
卵焼きを食べながら、にっこりと柔らかく稲荷がイッセイを断った。
「こっちに来た疲れがまだ残ってる?」
「いえ、そうじゃないんです。今日はご飯を頂いた後は夕方まで———」
「ワシの手伝いをしてもらうんじゃ!働かざるもの食うべからずじゃからな!!」
「と、言うことです」
台所から牛乳パックごと中身を飲んでいたおじいちゃんがやってきた。
「・・・いいけど、稲荷はそれで良いの?」
「えぇ、良いんです。キキが、核探し専用の飛び道具を持っているのに使っていない理由も知りたいですので、少しの間はゆっくりとやります」
稲荷が言っているのが『刻印石』の事だとイッセイはすぐにわかった。
魔法が使えるというのは、こう言うことなのだろうか。よくわからないが、波動やら、光やら、香りやら、色やらと本人たちがよく言っているのを思い出した。
「じゃぁ、今日はじいちゃんの事、よろしくお願いします」
「はい」
「何言ってんじゃ?お前も手伝えイッセイ!仕事の依頼じゃからな!!発明家に、夏のイベントを満喫できるようどうにかしてくれと泣きついてきたんじゃ!自治体がな!!」
「え?俺も?まぁ、いっか・・・」
この世界から核が消えることは良い事。
それに、現在の環境は以前に比べて格段に良い環境だ。
核を欲しがる本人達が穏やかでゆっくりと探すと言っているのだからそれでも良いか。と、イッセイも焦る気持ちを自身の中から追い出して、いつも通りの生活にしようと気持ちを切り替えた。




