簪の音 三話:寿司
「で?稲荷・・・貴方も核を欲しがるくらいだから、貴方の世界の環境も酷いもんなんでしょ?どんな環境なのよ?!」
キキが冷飴の入っていたグラスを飲み干して、机に叩きつけながら聞いた。
「あぁ、私の世界は特に環境汚染とかないんです」
「はぁ!?じゃあ核の必要ないじゃない?!大人しく帰りなさいよ?!むしろ何で来た訳?!」
「私の世界の場合、世界環境には問題が影響しないようになってるんです。その代わり、”私”に支障が出るんです」
「何それ、どういうこと?」
キキが眉間に皺を寄せた。
「あ、ねぇ、もしかしてこういうことじゃない?
世界に出る影響を、稲荷・・・貴方が身代わりで引き受けてるって事なんじゃないかしら?」
「リリさん!ご名答です!世界に影響が出ないために、私自身がその厄災を引き受けているのです。聡明なお方ですね!」
「ふふん!」
リリが誇らしく鼻を鳴らした。
「で、稲荷さんが引き受けている厄災ってなんですか?」
イッセイが質問した。イッセイからの質問が嬉しいのか、稲荷は微笑みそして口を開いた。
「稲荷”さん”だなんて・・・それに、敬語も使わなくて良いですよ?」
「いえ、そういうわけには・・・」
「良いからさっさと続きを話しなさいよ」
自身も魔法が使える。そして、他にもたくさんの世界の存在を知っているキキ。リリと比べたらキキの知識の方が圧倒的に多いのに、リリの方が先に答えに辿りついたのが気に入らない。
「厄災は発生するんです。しかし、それの厄災の矛先を魔法で私に変えているんです」
「貴方には何が起こるの?バナナの皮で滑るとか?」
「いえ、私の時間が止まるんです」
その場にいた全員が止まった。
「それって、例えば、こうやってしゃべっている時に貴方だけいきなり時間が止まって動かなくなるって事?」
キキが最初に口を開いた。
「いいえ、あぁ、言い方が良くなかったかもしれません。それでいうなら逆ですね。世界の時間が止まるんです」
稲荷の説明に、イッセイが閃いて口を開いた。
「つまり、例えば・・・俺たちの時間がこの場で止まって、俺たちは意識がなくて全く動かなくても、稲荷はずっと意識がある状態って事?」
「そう。この世界の生まれの人は頭の回転がいいですね?魔法も知らないのによくそういうことを思いつきますね?」
「なんかその最中に顔に落書きされたりしそうね」
「やろうと思えばです」
リリの思いつきにまたも笑って稲荷が答える。
「待って、それってどのくらいの頻度で、どれくらいの時間の長さなの?!」
イッセイだけが焦って稲荷に食いかかった。
「やだ、イッセイが熱くなるなんて珍しいわ」
「そういう時は大抵ね、自分の研究とか発明に使えそうな時が多いのよ!」
「この間は50年止まって。
その前は117年止まった。
三ヶ月前と、一年前・・・不規則なんですよ。止まってる時間自体は早ければ数年で終わることもありますけどね。長いと100年や200年の時も。そんなことをもう何・・・十回も繰り返しているんです」
一瞬、この場の全員の時間が止まったかのような空気が流れた。
「まぁ!随分と長い時間をお一人だったのね!でも、それは貴方の世界に居る間だけなのかしら?やっぱり、今も貴方の世界の厄災が起こると、この世界の時間も止まって貴方一人になってしまうのかしら?」
意外に、この沈黙を破ったのはおばあちゃんだ。
「いえ、それはわからないんです。私は他の世界に来るのが今回が初めてですから。以前も核を取りに来た者はいるのですが、それは私の様に厄災を引き受ける役目とは別の者だったので・・・」
「じゃぁ!この世界に居る間は起こらないかもしれないわ!」
「そうですね・・・でも、そうなると、もしかしたら厄災の矛先がいない私の世界の環境が・・・」
「「ちょっとくらい悪化したっていいじゃないのよ!!」」
リリとキキが同時に口にした。
「あっ!ちょっと何で同じこと言うのよ?!巫女姫がそんなこと言っちゃダメでしょ?!」
「別にいいんだもーん!私の世界の理とは違うだろうしー!
———稲荷!!」
「は、はい?」
キキが稲荷を睨みつけるようにした。
「貴方は何百年・・・多分何千年分もの世界の厄災を引き受けてきたんでしょ!!ちょっとくらい惑星の環境が変わったって大丈夫よ!そもそもほら!時代と共に何でもかんでも進化とか変化とかあってしかるべきじゃない?!
厄災を経て人が進化、進歩することだってあるでしょ?!あんたが全部引き受けてたらみんなずーっと能天気で進歩しないで同じ文明のままだわ!」
「そうよそうよ!!一人がずっと頑張り続ける必要なんてないわ!!ちょっとくらいアンタの大変さを味わわせてやればいいのよ!」
リリも便乗する。
「そう・・・いう・・・ものでしょうか?いえ、でもその役目として私が居るので———」
「「うるさいわね!!良いって言ってんのよ?!」
「すんげぇスパルタな娘たちじゃな。似たもの同士すぎるわい」
「元気があっていいわねぇ!」
思ってもないことを言われ、面食らった稲荷だが、初めてそんなことを言ってもらい、顔が緩んだ。
・・・———
「そういえば、どうしてこのタイミングでこの世界に来たのよ?
祠を通じて道は繋いでたんでしょ?私よりも早くこの世界に来れたんじゃないかしら?」
羊羹を食べながらキキが思いついた疑問を口にした。
「何年も前から準備はしていたんですけどね、神主がいないから力が足りなかったんです。魔法で世界を繋いだとはいえ、やはり出口である神社の主の力が感じられないと、”許可が降りていない”みたいな感じだと思います。
要は、出口の扉を開けるための電力という原動力である神主の力が神社の敷地内に無かったんです。
最初に繋いだ人が恐らくそう言う契約を結んだのかと。だから神社の跡取りか、まぁ代理でも何でも良いのですが人が居ないと言うのは結構深刻な話だと思いますよ?」
「あの神社は母さんが掃除に行かない限りは誰も居ないからね。神社の将来の事は俺が小さい頃にちょっと話に上がってたからなぁ。なあなあになってたけど。というか、神主の力の代わり・・・が、あの光った勾玉だったって事か・・・え?神主の力?」
「力も何も、この世界は魔法は無いわ?!」
「この世界には魔法がないって言うとちょっと違うわよね?私、この世界にいて魔法使えるんだし」
「・・・そういえばそうだね。でもその辺の話は今は後にしようか。簡単な話じゃなさそうだし」
「そうよ!神社の方が問題だわ!イッセイ!あの神社はどうするのよ?!」
「そろそろちゃんと考える時期だね。今度母さんと話してみるのもいいかも。でも兄さんも姉さんも継がないだろうし、俺はこのまま発明家をやってたいから継ぐなんて毛頭無いし・・・じいちゃんとばあちゃんと一緒にいるの楽しいからなぁ」
「あら!嬉しいわぁ!」
喜ぶおばあちゃんをよそに、おじいちゃんはちょっと顔を曇らせた。
「でも、流石のワシもな?向こうの爺さん婆さんの事を考えたらそりゃーなー。じゃから、ワシから言えるのはこれくらいじゃわ・・・
イッセイ、二足の草鞋を頑張れ!!」
「「おじいちゃん無責任よ!!」」
「とにかく、神社は俺たちの問題だから良いとして
キキと稲荷は核を探すんだろう?2人はライバルだな。頑張って」
「そうよ!?絶対渡さないんだから!!」
食卓から乗り出してキキが稲荷を指差した。
「でも、核の場所はまだわかってないんですよね?貴女・・・キキがライバルである私を目の前にして、のんびりと羊羹を食べているんですから?」
「ふぐぅっ?!コイツ・・・ムカつくっ!!私だって普段はちゃんと色々と探しているのよ?!」
「では私もお手伝い致します」
「横取りする気でしょーー?!」
ここしばらく、常に賑やかなイッセイの家。
三人暮らしの数年前までの家の雰囲気とは違う。外の環境も違う。
自分の生まれた世界に少しずつ近づいている様な感覚を感じたおばあちゃんは嬉しそうにお茶のおかわりを撮りに台所へ向かった。
「今日の夕飯は、”稲荷さん”がいらしたと言う事もあるから、稲荷寿司にしましょう!」




