簪の音 二十九話:記憶
時間が止まっている間、自分だけはどこにでも自由に動けること。
時間が動き出す時には、止まった時の状態に全て戻ること。
どこにいても、何をしていても戻る事。
時間が止まった時は、直前までの行動を忘れてしまうとその後の行動に影響が出るため、止まる瞬間に何をしていたのかを覚えていないといけないこと。
物は動く。扉も開けられる。水は流れない。風も吹かず止まっている。雲も流れない。雨も止まっていること。
現象・・・動いていないので現象と呼ぶべきかどうかも怪しいが、先代の知識をもらった。
そうやって、一人、世界の厄災を時間が止まると言う代償で救っている・・・。その役目が”稲荷神”と呼ばれる特別な存在なのだと。その長い時間に耐える為に、神の力の一部を授かっている。
「確かに世界は救われてるのかも知れない。でも、だからって、何も残らない・・・!!」
「でも、お前さんはワシと違って異世界に行く使命もある。ワシは、時間が止まるだけだった。」
「それも酷い!!どっちか一つ弟に貰って欲しかった!!」
「まぁまぁ、両方持つことに意味があるのかもしれない。もしかしたら、異世界で何かに役に立つかもしれん。お前さんが過ごした、
他の人とは違う、時間経過の使い所がな」
・・・———
・・・———
・・・———
稲荷は過去の記憶の思い出しを止めた。
もう十分だと思ったからだ。
「この為、でしたか。私が長い時間を過ごしてきたのは・・・」
そう呟いた。この暴風の中ではその呟きは誰にも届かない。そして、稲荷は誰に何を言うわけでもなく、自分が納得したので足を上げた。
「稲荷・・・?っ稲荷!!時間が巻き戻るんだ!!」
稲荷が歩き始めた。
一歩ではない。どんどん進んでいることに気付いたイッセイが驚き声を荒げた。それにリリとキキも気付いた。
「稲荷!!待って!他に何か手があるわ!考えましょう!!止まって!!」
「待ちなさいよ!!私がまだ魔法を試してるでしょ!!」
周りの焦った声に、呪術士の気付いた。
「馬鹿か!!お前はいっても30代だろう!!直ぐに子供になってそのまま生まれる前の・・・っ!!」
稲荷の歩幅なら一歩で3〜4年巻き戻る計算だ。
つまり、三歩で9〜12年。しかし、既に七歩も歩いている稲荷の見た目に変化は一切見られない。
もう本来なら20年弱巻き戻り、子供の姿をしているはずがまるで何も変わらない。
呪術士は焦り出した。
「なっ!?なんの術だ!魔法も呪術も使ってない!!ちゃんと歩いているのに年齢が変わらないわけが・・・!」
「もしや、ゲームのルールに問題があったのでは?」
視界は不良だが、他の者の会話で状況は把握できる神風が言った。
「じゃぁ私も歩いても平気って事かしら?!」
キキが一度魔法を止めた。自身も稲荷と同じく試そうと足を上げた。
「いや、稲荷はしばらくずっと考えてた!多分ルールは間違ってないし問題もない!ルールの穴を見つけたか、稲荷がルールに耐えられるかのどっちかだ!」
イッセイが足を上げたキキに注意喚起した。まだ確定ではないのに動くべきではないと判断したからだ。
《稲荷がルールに耐えられるか》
この言葉でリリがピンときた。
「・・・あ!!稲荷言ってたわ!!ほら!自分だけ時間が止まるって話!!私あの後ちょっとだけ話したの!物凄く長い時間、何度も時間が止まったって!!それ、全部記録されてるって言ってたわ!!」
全員の視線が稲荷に集中した。
稲荷は、魔法で自分の経過時間を表示した。
実年齢
生まれてからの累計経過時間数
止まっていた時間数
そして、新しい項目が加わった。
【消費時間数】
その時間数は、ふた通り表示された。
一つは止まっていた時間数の上限から、稲荷が歩くたびにどんどん減っていく。
しかし、まだ余裕がある。
もう一つは消費された時間が加増されていく。
「多分今稲荷が歩けているのは、ずっと一人で過ごしてきた止まった時間で相殺してるんだわ!!」
自身の体に何も変化がない稲荷。絶対的な自信を持った。そして、堂々と歩みを進める。
目線の先には大きな黒い結晶の呪物。そして、その近くにいる呪術士だ。
「馬鹿な!!このゲームに対応できる人間がいるなんて聞いてない!!」
「誰から聞いたんですか?」
「契約上、言えない!!」
「契約者がいるんですね?でもよかったです。手で触れれば私の勝ちなんですものね?」
「クソォーーーーー!!!!!」
軽やかに歩みを進める稲荷。そして、直ぐに呪物の目の前に辿り着いた。
「貴方も動けないのは一緒でしょう?ここでサドンデスでもするつもりだったんですか?」
そう言われ、呪術士は呪術を放つ。しかし、稲荷はそれを杖で薙ぎ払った。
「これで、ゲーム終了です」
稲荷が、黒い結晶である呪物に触れた。
黒い呪物には、ヒビが入った。
そのヒビの隙間から光が漏れ出している。
ヒビは呪物全体に広がり呪物は形を保てなくなった。そして、ドスドスと音を立てて崩れた。
地面のマス目も消え、崩れた呪物も砂のように更に細かく崩れていく。
呪術士が持っていた、ケースの中の呪物も、少しずつ砂のようになり始めた。
「嘘だ!!だめだ!!ダメだ!!あと少し・・・!!」
「さぁ。もうこれでおしまいです。貴方の魔法や呪術の源はこれで消えます。もう、辞めましょう?」
稲荷が呪術士に優しく話しかけるも、呪術士は崩れゆくケースの中の呪物に意識を取られている。
「これで、終わったのね」
「もう動いても大丈夫かしら?上げた足もう下ろしたいんだけど」
「ゲームは終わったから大丈夫だよ。キキも頑張ってくれてありがとう」
「当然よ!今回はあまり役に立てなかったけどね!」
「そんなことありません。キキさん、ありがとうございます」
「えっ!いうやっ・・・あの・・・そうね。まぁあの!はい」
「いきなりしどろもどろにならないで頂戴。全く貴方たち何歳な——」
早くも勝利を確信したイッセイ達は、気が緩んだ。
「——まだだっ!!最後の手段だ!!」
——パァアアア!!!
突然、呪術士が怒りに狂い声を荒げた。
「俺は!!絶対に核を持って帰らないといけない!!もう呪物のない俺は魔女巫女の石を奪っても意味がない!!石があっても呪物の呪力がないと発動しないんだ!!呪物が無いなら自分の世界に戻れもしない!!自滅だ・・・自滅して俺の世界に知らせないと次の者も来れない・・・!!お前達も巻き込んでやるっ!!!」
消えゆく呪物が辛うじて光った。そして、呪術士が自分の胸元の宝石に向かって術をかけ始めた。
呪術師の胸元でどんどんと構築されていく魔法の光。
「お辞めなさい!!」
稲荷が杖を翳すが目の前で組み立てられる魔法の構築は止まらずに物凄い速さで紡がれていく。
「稲荷!どうしたの?!」
キキが瞬間移動で稲荷の元までやってきた。
「彼、自分に術をかけてます!自滅しないとなんとかって言ってました」
「んんー?・・・これ!!この魔法式・・・!覚えがある!自爆魔法だわ!!しかも超絶でっかい規模の!!嘘でしょ?!こんな早く組めるわけ・・・!!——止めるわ!!」
キキの眼が光り、呪術士の胸の宝石に手を翳す。
その間に、イッセイたちも寄ってくる。
「あんた!!自爆魔法なんてやめなさい!!ってかなんでこんな規模の魔法をこんな早く組めるわけ?!」
「キキ!どうした?!」
「イッセイーーー!!この人規模の大きすぎる自爆魔法を簡単に構築してるんだけど!!」
「何かに例えて!」
「手編みで3分でセーター編み終えるような感じ!!」
「尋常じゃない・・・」
現実的に考えて手編みでセーターを3分で編むことは不可能だ。イッセイはおばあちゃんが編み物をするのを見ている。どれだけ頑張っても、子供のサイズとて3分は到底無理な話だ。
「何よそれ!キキ!あなたいつもヒョイヒョイって魔法使うじゃない!自爆魔法だって一瞬でできるんじゃないの?!」
「リリちゃんそれとはちょっと違うのよ!!魔法には構築式と組み方とあと型があるんだけどんんんんん今説明でいない!!」
「キキ、読み取れはできるんだろ?!自爆の規模は?!」
眼に力を入れて呪術士の構築魔法を読み解くキキ。
範囲がわかったが、その規模にゾッとした。思わず力が入って歯軋りをした。
「・・・半径500kmってとこね」




