簪の音 二十一話:霧雨
一瞬、流されそうになった神風。しかし、自分の立場を思い出す。
「・・・気持ちは、わからなくもないが。俺の一存だけではそうにもできないし、完全に信用するだけの情報がない。どうだろう、キキさんや稲荷さんと一緒に行動するというのは」
「嫌だね。言っただろ?信用できないって。取り合う中なのになんであんなに一緒にいられるんだよ?部活のライバル校の関係じゃねぇんだよ。優勝を競ってんじゃねぇの。世界の命運がかかってんだよ」
この人のいた世界でも《部活》があるのかと思う神風。魔法も呪術もある世界でも、普通に学校生活があって、なお部活動をする余裕のある世界。そんな世界が、夏がなくなり、環境が悪化している。
だからこそ、自分の世界を守るために核を取りにきた。
「これはあくまで想像なんだけどよ。多分、巫女魔女も稲荷神も、そこまで核が必要な世界の状態じゃないんだ。無きゃねぇでいいってレベルなんだろうよ。ありゃぁ、世界・・・惑星の状態が良くなるってんだから『じゃぁ取りに行きましょうか?』ぐらいの話なんじゃねぇか?
世界の悪化の状態も、方向性も、進行速度もバラバラだ。俺の世界はもう時間がない。大事な人、みんな残してきてるんだ。待ってんだよ、全員が!!」
呪術士の熱意に、納得してしまった神風がいた。
実際にそうかもしれない。自分の世界に危機迫ったら、本気で核を取りにきたら、他の魔法使いや呪術士を蹴散らすだろう。そこに巻き込まれる人間が出ても仕方ないとさえ思うかもしれない。
けれど、目の前の呪術士は、無狐の世界の人間をなるべく傷つけたくないと明言した。
彼は、とても立派なのではないかと思い始めた神風がいた。
でもやはり、それでも解放する事は出来ない。
悩む顔が呪術士に伝わった。
ここで神風と話していても、馴れ合うだけで自分の使命を果たせるとは思えなくなった。
強行突破しかない。目の前の男には悪いが。
「アンタ、いい人だから。なるべく被害出さないように俺も気をつけるよ」
そう言った呪術士が、胸の赤い大きな宝石から、例の黒い結晶・・・呪物を取り出した。
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・・・———
「見てみて〜!!ジャンボたこ焼きだってー!タコ以外にもなんかいっぱい入ってるって!面白いんだけど!楽しい〜〜!!」
西陽が沈み掛けている夕方。
祭り会場の赤い提灯の光が、徐々に存在をアピールする。
「キキ。よかったですね。お祭りに来れて」
「本当に良かったわ!明日も来るわ!ん〜!たこ焼きの中にイカも入ってるわ!あ!エビも入ってる!!」
「たこ焼きじゃなくて海鮮焼きじゃないのよ」
「良いのよ!!見た目がたこ焼きみたいに丸いんだから!!」
深いカップ型の器に入った、大きな丸い丸い一つのたこ焼き。その中にはタコの他にも別の魚介が沢山入っている。箸で割って食べるキキはとても幸せそうな顔をしている。
キキの隣にいる稲荷は、牛肉の串焼きを食べている。リリはじゃがバターだ。イッセイは羊の串焼きを買った。
「おばあちゃんも一緒に来られれば良かったのにねぇ。あ!かき氷の抹茶練乳ですって!おばあちゃん好きそうなのにぃ〜」
キキが残念とばかりに眉尻を下げた。おばあちゃんは、セイタと一緒に、セイタの家の方面で行われるお祭りに行っている。
「おばあちゃんはセイタさんと別のお祭りを楽しんでもらいましょう。そのおかげで、我々はこちらでのんびり楽しめるんですから。まぁ、彼が居ても何も起きないかもしれないですけどね」
「居ても起きないかもしれないけど、居たら起きる確率が上がるわ」
「それもそうですね」
じゃがバターを食べながら、キッパリと言い放ったリリ。稲荷も確証がないの事でセイタを悪者にはしたくないが、居ない方が安全なのであればそれに越したことはない。リリに同意をした。
「・・・居なくても何か間接的に引き起こす可能性と確率を計算すると——」
「「イッセイ、そういうこと言わないの」」
リリと稲荷が真剣にイッセイの思考を止めに掛かった。
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「ちょっと疲れたから少し休みましょうよ!このお祭り直線距離で1kmもあるから大変なのよ!」
「リリちゃん、日頃の運動が足りてないんじゃないの〜?」
「私はあなた程食べてないからそこまで動かなくて良いのよ」
「カロリー消費の話をしてるんじゃないのよ!!」
長い距離を歩いた事で、リリが最初に疲れたと申し出た。
そのまま、近くのベンチで休もうと一行は出店のある通りから少し離れた。
「おじいちゃん頑張ってたわね!新しい設備もまた入れたのね!」
「あぁ、何か暇を持て余してたみたいで、自分で提案してまた何か作ってましたからね。良いんですよ、忙しくしている方が元気そうなので」
「良いですね、おじいさまがあれほど元気で。そう言えば、イッセイのお父様もあのようにとても元気なお方で?」
「あぁ、父さんは全然タイプが違うんだ。本の虫で・・・——あれ?」
イッセイが最初に気づいた。鼻の頭に雨粒が落ちてきたのだ。
「何事!!雨が降ってきたわ?!」
次に気づいたキキが焼きそばを食べながら驚く。
霧雨のようだが、しとしとと全身をまとわりつくようにすぐに濡れ始める。
「これは、楽しいお祭りに雨とは・・・」
「雨になったらどうなっちゃうの?!」
「このまま激しく降ったら中止かな・・・」
「仕方ないわよね」
「えぇ〜〜!!嘘ぉっ?!まだりんご飴もかき氷もベビーカステラも食べてないのよ?!」
「買って帰れば良いじゃない」
「ここで食べたいのぉ〜!!」
「わがまま娘ね?!」
どっちが年が上かわからない会話が繰り広げられる。リリの方が10歳近く年下だ。
しかし、キキの純粋に楽しむ姿が面白かったのか、稲荷が手を上にあげた。
「では、私の魔法で雨を少しばかり避けましょうか」
ほんの少しだけ手が光った。
特にそれ以外不思議な光もなく、徐々に体にかかる雨の量が減っていった。
「便利ね、どうなってるのよ」
「魔法で網目状にガードしたんです。全部雨を避けるのは不自然ですからね。実際、現地点から少し離れたところはたくさん雨が降っている・・・なんて現象、よくありますでしょう?そう思わせるくらいの操作ですから。
これくらいならお祭りも続けられるでしょう?」
「稲荷!!ナイス!!」
「というか、あなたが祭りに残りたいなら自分で魔法使えば良いじゃないの!!」
「今、焼きそばと箸で手が塞がってるわ!!」
「稲荷、魔法使い続けてて大変じゃないの?」
「これくらいなら問題ないですよ。言ったじゃないですか。呪術士の頭痛避けも、月単位なら大変ですけど一夜くらいなら問題ないです。それに、頭痛よけよりももっと魔力少なくて済んでます」
「じゃぁ!明日もよろしく!!」
「だから自分でやりなさいよ!!」
焼きそばを口一杯に頬張りながらキキがキラキラとした眼で稲荷を見る。
リリの突っ込みを耳に入れながらイッセイは今日の天気予報を思い出していた。
今日は雨の予報はなかった。降水確率10%だった。0%でない限り、降らないわけではないが降るとは全く思っていなかった。
この世界の天気予報はあまり外れない。特に、雨の降る時間を外す事はなかった。これも、世界の環境が変わった事が関係しているのだろうか。
これはまた新しく天気に関する発明をするキッカケになるだろうか。そんなことを考えていたら携帯電話が震えた。
画面を見ると、電話の相手は神風だった。
なぜだか冷水を浴びせられたように、一気に妄想から現実に引き戻された。




