簪の音 十一話:右目
『別に神経上は問題ないんですけどねぇ・・・また視力が落ちてますね。何も異常がないのに視力だけ落ちると、回復の見込みがないのでなんとも言えませんね』
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10年前に医師に言われた言葉を思い出したイッセイ。
神風とは話を終え、今は自室に一人でいる。
たまに思い出す、ある時期の記憶を今日も思い出していた。
一度、作業の手を止め、おばあちゃんが神風とイッセイに持ってきてくれたお茶の残りを飲んだ。
幼少より、右目の視力があまり良くなかったイッセイ。さらに視力が落ちていき、ほとんど見えなくなっていた時だった。
ある日突然、右目の視力が回復したのだ。
それも全快だ。
視力回復を望んでいたため、メガネをかけたりかけなかったりなど、意図的に変化させて眼球の周りの筋肉運動もしていた。それが功を成したのかと言うと、そうでもないだろうと思うほどのいきなりの見え具合だった。
次の診察の時に、全快を伏せたままイッセイは再び医師に聞いてみた。
「僕の視力は戻らないんですか?」
「原因が変わらないからね・・・まず、診る限り悪くなっているところが無いんだよ。それに、左目も一緒に悪くなるならわかるんだけど、どうして右目だけなのか・・・何か右目だけ使うことしてる?遊びとかでもなんでも良いんだけど」
「してないです」
「うーん、だとしたら尚更だね・・・何度見ても異常という異常がないんだよ。この状態でそもそも視力が悪い理由がわからないんだよね。もし視力が戻ったとしたら研究対象として今度は通ってもらうことになるかもしれないね!」
その言葉を聞いてイッセイは子供ながらに思った。自分の《眼球》は、医者が診ても問題がない。
つまり、自分の見え方だけが問題。
前回と今回の診察で、全く見えている景色が違うのに、医者は眼球の状態は一緒だと言う。
綺麗に見えているのは事実だが、摩訶不思議すぎて説明がつかない。これは明らかにおかしい。
(じいちゃんが、テレビの接触が悪いと言ってたまに叩いていた時があった・・・。話を聞けば、叩いたことによって本来繋がれているはずの線が離れていた。そこが繋がった、と言ってたけど人間の体でそれが起こるとは思えないんだけど・・・)
だから、イッセイはこの事は黙っている事にした。
そして、視力の低下は一旦止まり、”症状が安定している”と言う設定にして、定期検診の回数も減った。
徐々に視力が良くなっている振りをしても良かったのだが、11歳の時ではそれが思いつかなかった。
結果、いまだに右目の視力が極端に悪いと言う周知のまま今に至る。
右目が悪い振りをするのに、慣れていた学生時代。それが、カナンがこの世界に来てからその振りを時々忘れそうになるイッセイ。他に気にすることが増えたことが要因だ。
異世界からの訪問者のカナン。一緒にバイクで逃げる時なんて右目を頼りにしていた。
リリが来た時もそうだ。片目では横になった車体を運転するのは難しい。
昨年のキキがこの世界に来た時、他の異世界からの機械の刺客を拳銃で打った時も、咄嗟に右目を使った。それを神風に見られてしまったわけだが。
平々凡々な生活なら多分隠せていた右目の視力も、その右目を駆使しなければ危険な状態が時折起こる。
「今更ながら、少しずつ視力が回復してきた振りでもしようかな・・・」
そう呟いて、自室の窓の外を見る。
マスクがなければ外へ出れない環境だったが、今は外に出歩くことが出来る様になった。
砂や埃で汚れた窓ガラスも、今は綺麗なものだ。元々、定期的に業者が一斉に外壁と窓掃除をするので、半年に一回は綺麗になるが、すぐにまた汚れる。
それが、今はずっと綺麗なままだ。残念なのは、綺麗な空気で涼しい風が吹くこともあるだろうが、元々の環境のせいで窓ははめ殺しである。開けることはできないのだ。
調整した電磁砲に充電コードを差し込んだ。そして、椅子から立ち上がり、一階の居間へと向かった。
・・・———
———祭りの前日
「ムカつく!ムカつく!!ムカつくわぁー!!!まだ見つからないのよあの呪術士!?むしろなんで見つからないの?!私たちと核はこの近辺にあるんだからどっか遠くへ行く意味ないでしょ?!なんで見つからないのよ?!」
キキがずっと呪術士を探しているが見つからない。
祭りが明日に迫る。さっさととっ捕まえて祭りへ参加したいキキは今日もずっと苛立ちを隠さずにいる。
「諦めなさいよ、私とイッセイで楽しんでくるから」
「最後の1分1秒まで諦めないから!!」
イッセイの家の屋上。
簾に、風鈴、長椅子。夏の風物詩をこれでもかと詰め込んだ。おばあちゃんの趣味でもある。
そこに、ホットプレートを持ってきてお好み焼きやたこ焼き、ベビーカステラを作っているおばあちゃん。
その横でスイカをむしゃむしゃと食べるキキ。
「良いじゃないのよ!こうやっておばあちゃんがお祭りみたいに沢山用意してくれたんだから!感謝しなさいよ!!」
「感謝はめちゃくちゃしてるわよ!楽しいし!」
「全然楽しそうじゃないわ!」
「楽しいと同じくらいムカつくのよ!!」
カラン———
リリが飲んでいた”ラムネ”の瓶の中のビー玉が音を出した。
「良い音色で面白い飲み物ですよね」
同じラムネの瓶を持って稲荷が言う。
「おばあちゃんの世界の飲み物なんですって!ラムネって言うみたいなの」
「ガラスの入れ物で、この球もガラス玉ですよね?上の飲み口はガラスではなさそうですが・・・元の世界のラムネと同じ仕上がりですか?」
稲荷が瓶をおばあちゃんに向けて聞いた。
「えぇ!そのままよ!懐かしくて嬉しいわぁ!」
おばあちゃんの喜ぶ顔を見て、稲荷も嬉しそうに笑う。
「こんな素敵なものを再現してしまうなんて、流石ですね。おじいさんのおばあさんへの愛情をとても感じます」
「ぶえっくしょーい!!なんたって!ワシは!天才発明家だかんな!!これをジュースメーカーが大量に買ってくれてな、明日の祭りで販売するんじゃよ!まーた金が入るわい!!」
「「照れ隠しね」」
スイカを食べ終わったキキが、皮をゴミ箱へと投げた。
「はぁー!!明日のお祭りは、この間のお祭りよりも規模が大きいんでしょ?!行きたぁーい!!」
祭りへの執着がまだあるキキにおじいちゃんが言った。
「巫女娘!ほれ、ここから見てみぃ!あの公園から続いてる真っ直ぐな大きい道があるじゃろ?ちょっと前に舗装が終わった大きい歩道じゃわ」
キキを手招きして、屋上の端の柵から手を伸ばして指差した。
「知ってるわよ。それがどうしたのよ」
「あの道路が明日の祭りの会場じゃわい!直線一キロな、全ッ部!!屋台が並ぶんじゃぞ!!」
「一キロも!?!?!」
「あら、祭りには行けないけどここからちょっと見えるじゃない。本当にアリが群れてるくらいの光景でしょうけど」
「夜ですから、ライトアップすればきっと綺麗でしょう。明日はここからお祭りを見ましょうよ、キキ」
稲荷がキキを慰めるため、自分と共に離れたところから楽しもうと申し出た。しかし
「私、まだ諦めてないから!!」
振り向いて、ものすごい形相でリリと稲荷に宣言をした。
「キキちゃん〜!たこ焼きが出来ましたよ〜!」
「はぁ〜い!!」
鬼の形相を一瞬で切り替えて、仏のようなにこやかな顔でおばあちゃんの元へと向かった。
「私、キキは絶対今日も食べてばかりで呪術士を探さないと思うの」
「私もそう思います」
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祭り当日
「じゃぁ、キキちゃん、稲荷さん、行ってくるわね!お夕飯は冷蔵庫の中の作り置きを好きなだけ食べてちょうだいね!」
「良いか!お揚げに巫女娘!お前さんたちには悪いが今日は家から出るんじゃないぞ!外にいるとこをじゅじゅちゅしが見て攻撃を仕掛けてこられても困る!!いいなっ?!」
「はい、屋上から見てますね」
「うえーーー!!捕まえられなかったぁーーー!!」
玄関でおばあちゃんとおじいちゃんが、留守番の稲荷とキキに言う。
「安心しなさい。ちゃんとお土産は買ってくるわ」
「それって余計虚しいよぉーーー!!!」
「じゃぁ買ってこないわ」
「それもやダァーーー!!!」
祭りには行かないが、せめてもと浴衣は着せてもらったキキが玄関でメソメソしている。
しかし、おばあちゃん以外はこの状況を『仕方ない』と思っており、とてもドライだ。
「じゃ、行ってくるかんな」
「稲荷、あとよろしく」
「行ってくるわ」
「おばあちゃん!!みんな冷たい!!」
「はい、はい、キキちゃん。ごめんなさいだけど、今回は我慢して頂戴ね?」
「おばあちゃんが言うならぁ〜・・・!!」
やっと家を出て、祭りの会場に向かう一行。
前日までに設備を完了しているので今日はほとんど荷物はない。
「なんでおじいちゃんは稲荷を『お揚げ』って呼ぶの?」
「”稲荷”寿司には油揚げを使うからよ、油揚げを”お揚げ”とも言うのよ!」
「・・・話してたらまた食べたくなったわ。稲荷寿司」
「ばあさんの稲荷寿司は美味いからな!」
そんな和やかな会話をしている後ろ、イッセイは調整した電磁砲の確認をして懐にしまった。




