24話 初夜、なし……!
『無才王女、魔王城に嫁入りする。 ~未来視の力が開花したので魔族領をお助けします!~』カドカワBOOKS様より発売中!
よろしくお願いいたします。
カトリーヌはチェリーたちに身支度を整えてもらい、 部屋から出ていくチェリーたちをソファから見送った。
ネグリジェにガウンを羽織っただけの姿で、天蓋つきのベッドの方向を見やった。
髪を乾かしてもらいながら、チェリーたちとたくさんの話をした。この部屋の内装を整えたときの話は、特に盛り上がった。
上下さかさまに吊られた天蓋は、ヒト族の絵を参考に見様見真似でチェリーたちが用意してくれた、と聞いてからは微笑ましく見える。
理由を知らなければ不気味なだけだった内装だけれど、今となっては、チェリーたちの思いやりがつまった素敵な部屋に見えてくる。
(実際に体験して知ることって、本当に大事なのね。噂が噂でしかないことが良く分かるわ)
どっと疲れがきたカトリーヌは、ソファにあおむけになって、両手を天井にかざす。
占い師であった母のような特別な力は無いけれど、この手で、みんなの役に立っていきたい。
それに、みんなに認められる王太子妃になりたい。
王子に寄り添って……とまで考えて、カトリーヌは赤面した。今日はいわゆる初夜なのだから。
そのとき、部屋の扉をノックする音がした。
「僕だ。カトリーヌ嬢、僕の妻よ。夜の挨拶をさせてくれるか?」
落ち着いた低い声が扉越しに聞こえてきて、カトリーヌは急いで身を起こして、ドアに駆け寄る。
「僕だ。フェリクスだ。お休みを言いたくて」
カトリーヌの返事を待ちきれないというように、王子がまたもドアの向こうから声を掛けてくる。
「ふぁい! いま開けますね!」
カトリーヌは、声を裏返らせながら返事をすると、ドアハンドルに手をかけた。
扉を引こうとしたところで、扉の向こう側から引き戻される。仕方ないので、扉ごしに声を掛けた。
「あのう、ご挨拶をするためにも、直接お顔を合わせたいのですが」
「いや、しかし夜半に、乙女の部屋の扉を開けさせるというのは……」
「私たちは先ほど婚姻の儀式を行ったのではないですか? 夫婦が顔を合わせて夜の挨拶を交わすのは、おかしなことでは無いと思います。……多分」
扉の向こうからの返事は無い。
迷っているのだろうか。
「あの、私どもの国では、起きた時と寝る前には、頬に口づけをする挨拶があります。恋人同士はそうします。夫婦もきっと同じですわ、多分」
カトリーヌも詳しいわけではないけれど、このまま扉越しの挨拶だけで終わるのは違う気がする。
必死で説得していると、急に扉が軽くなった。
ずっと扉を引いていたカトリーヌは、扉が軽くなった勢いでひっくり返りそうになる。
「危ない!」
力強い腕が背中に回された。次の瞬間には、カトリーヌは王子のベストに顔をうずめていた。
一瞬なにが起こったかわからなかったけれど、すぐに自分が誰に抱き留められていることに気が付いた。
(わわ……体があったか、じゃなくて、胸板が意外に厚く、でもなくて、うわ~~~)
「大事ないか? 怖がらせるかと思ったが、顔を合わせての挨拶を許してもらえて光栄に思う」
「は、はひ!」
カトリーヌは、自分でも聞いたことのない、頭のてっぺんから出るような声で返事をした。
目の前に立つフェリクス王子は、入浴後なのだろう。濡れ髪の下、白磁の肌がほんのり上気している。
「……こ、こんばんは、フェリクス様。助けてくださって、あ、ありがとうございます」
部屋に招き入れねばと思いつつ、うまく話せない。
そんな彼女の様子を見て、フェリクス王子はかすかに眉根を寄せ、手を伸ばした。
「あ」
とカトリーヌが声を漏らしたときには、フェリクス王子の手が額に当てられていた。ごく自然な動きで王子の顔は近づき、二人の額が合わされる。
「どうした? 随分と熱っぽい。湯が体に合わなかったか?」
「あ、いえ。体質、そう、体質です! 熱くなりやすい体質といいますか、フェリクス様を前にして緊張しているだけですので、大丈夫ですから!」
「緊張とは?」
カトリーヌは苦しい言い訳を通そうとするが、王子はますます心配をして迫ってくる。その真っすぐさはカトリーヌにとって良いような悪いような、判別がむずかしい。
何しろ納得しないと離してくれないのだから。
「……」
「……疲れたのかもしれない。よく、寝ると良い」
言葉を探して返答に詰まってしまったカトリーヌの顎を持ち上げ、フェリクス王子はそう呟いた。
そして、ゆっくりと唇を頬に寄せる。頬に触れる吐息に近づく体温、全身の感覚が王子の近づいたところに集まっていく。
自分から言い出したお休みのキスであるが、実際に肌で感じるキスの予感は、カトリーヌの体を固まらせるのに十分だった。
ふに、と頬に、柔らかなものが触れる感触があった。しかしそれは、想像よりも冷たく、乾いて、肉は薄い。
「ん、あれ……いま、キスを?」
「ああ、頬と頬でな」
そう言って自分の頬を指さしたフェリクスは、そのまま指をカトリーヌの頬に突き刺すようにしながら言った。
「お休み、僕の妻よ。恋人の挨拶は、貴女の緊張癖が治ってからにしよう」
そう告げると、王子はするりとカトリーヌから離れた。
カトリーヌは、固まったまま、ガウンの裾をゆらしながら歩いて行ってしまう王子の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
焦りだけが心に募った。





