23話 初夜の、予感?
『無才王女、魔王城に嫁入りする。 ~未来視の力が開花したので魔族領をお助けします!~』カドカワBOOKS様より発売中!
よろしくお願いいたします。
「フェリクスさま。お料理をいただいて、大変なことに気づいたのですが」
「ど、どうした?」
カップをテーブルに置いて、距離を詰めて語りかけてくるカトリーヌ。勢いに押されるフェリクス。いやはや、と呟いて成り行きを見守るミノス王。面白そうに扇子を広げる王妃。
「大変なこと、とはなんだ? 料理になにか不都合があったか? やはり血は食べつけないか?」
「いいえ。私、こんなに美味しいスープを飲んだことがありません、ですわ」
「それのどこが大変なのだ」
「だって……だって……」
両手を握りしめ、カトリーヌは小さく震えはじめた。小さくなっていく声に耳をかたむけようと、フェリクスが顔を寄せたときだった。
「だって、美味しすぎます! このスープ無しではもう私、生きていけそうにないくらいなのですわ!」
カトリーヌを心配して皆が声をひそめていた広間に、その言葉はよく響いた。
広間を一瞬の沈黙が覆う。次の瞬間、ワッとチェリーたちが歓声をあげた。
「ああ、口に合ってよかったよ。ただ、貴女の様子を見るとやはり心配だな。次からは少し薄くして作らせるか……うん、それが良さそうだ」
考え込むようにして王子が呟くが、カトリーヌは意に介さず、へらりと笑って返す。
「ご心配にはおよびません、ですわ。それよりも、ミノス王陛下の言葉が気になったのですが、提供とはどういうことですか? ヒュドラーは血を採られても無事なのですか?」
てっきり、殺したヒュドラーから採った血だと思っていたカトリーヌが王子に訊ねると、王子はそれに答えて言った。
「血が多くなる時期には、ヒュドラーの方から血を採らせてくれる。死んだヒュドラーの血は臭くなるから料理には使えない」
「まあ! ヒュドラーにお願いして血をもらうんですね! ヒュドラーは再生力が凄いって聞きますもんね、ですわ」
とそこで、カトリーヌはあることに気がついた。
「フェリクス様……? ヒュドラーの血が多くなる『時期』と言いましたね? それって、採れる時期が限られるということですか?」
「ああ、暑い季節にヒュドラーは血を抜きたくなるらしくてな。ヒュドラーの生き血のスープは、基本的には夏の料理だ。貴女はいい時期に来てくれた」
「そ、そんな、このスープ無しでは私もうダメなのに!? 夏だけなの……?」
浮かれた気持ちが一気にしぼみ、カトリーヌは顔を青くする。王女らしさを意識した言葉遣いも忘れるほどの衝撃だった。
晩餐会の後、カトリーヌは広い浴槽に浸かっていた。
ヒュドラーの生き血のスープは健康によい、とか、血が多くなって元気になりすぎる、とかいう王子の説明について、今なら理解できる。
冷静になってから数々のやらかしを思い出すと、恥ずかしさに頭を抱えるしかない。
(スープをおかわりをする令嬢なんて聞いたことないわ。……うう、なんであんなことに……)
じっと湯に浸かっていると、天井から一定のテンポで水滴が落ちる音がする。
その音に耳をかたむけていると、少しずつ、開き直る方向に心が落ち着いてきた。
慎重に息を吐いて、浴槽のなかで脚を伸ばす。前向きに考えよう。
とにかく婚姻は成立したのだから、自分は勤めを果たしたと言える。しかも、ゼウトス王国側からは歓迎してもらえたようだった。
とはいえ、静かに湯に浸かっていると色々と考えてしまう。
頭の中が混乱してきたカトリーヌは、音をたてて湯に潜り、膝を抱えた。
心のなかを見つめて、『ぽわん』と体の内側が温かくなった感覚の名残りを捕まえる。不安感よりも幸せが少しだけ勝っている。混乱を少しずつ収めていく。
あの感覚はなんだったのだろう。幸福感だけではない。『ぽわん』となるごとに、力が満ちて、息が吸いやすくなるように感じた。解放感と言えばいいのだろうか。それまで押さえつけられていた何かが、目覚めようとしている感覚。
「ぷは!」
浴槽から顔を出して息つぎをする。
浴槽の縁にかけた手を見て、手の甲に落とされた口づけを思い出す。
頬が熱くなるのを感じた。
もうすぐ夜が来る。婚姻の儀をすませて、初めての夜。
それが何を意味するものか、カトリーヌも知っていた。別のことを考えていても、ずっと心には夜に向けての緊張と少しの期待、そして罪悪感がある。
(私なんかが、本当にフェリクス様の妻になるんだわ。本当はアンヌ王女を求めていたかもしれないのに、だましているような……)
アンヌの身代わり。それが自分の役目だと分かってはいても、魔王城のみんなに申し訳ない気持ちだ。
むう、とカトリーヌが鼻に皺をよせる。その鼻先に、天井から水滴が落ちた。
顔をぶるぶる振って、カトリーヌは自分の頬を張った。
「悩んでいても仕方ないわね。私に出来るお返しを考えよう! 役に立てることがきっとあるはず!」
勢いよくお湯から出たカトリーヌに、タオルを持ったチェリーたちが浴室の外から駆け付けた。





