22話 質問状の送り主
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晩餐会の空気に酔った心地のまま、カトリーヌは一つ気になっていたことをフェリクス王子に訊ねたくなった。
あの謎の質問状のことだ。
食材についての質問が書き連ねられていた質問状。
「あの……!」
カトリーヌが意を決して口を開いたときだった。
ガチャン! という音を立てて、スープ皿が置かれた。
「けっこんおめでとー」
「二品目はスープだよー」
「フルコースっていっぱいお料理あるよー」
チェリーたちがかしましく、二品目の給仕を開始する。
スープからは、なんとも食欲をそそる香りがしている。動物性の旨味がぎゅっと詰まっているような、原始的な欲求を呼び覚ますような、そんな香りだ。
しかしその色は赤黒く、とろみも相俟って、まるで血のようだ。
「なにか言ったか?」
「いえ、その、いい香りのスープですね。でも、えーと、真っ赤なのですね……?」
おどろおどろしい見た目のスープに思わず身を引きながら、カトリーヌは訊ねた。
「ああ、ヒュドラーの生き血のスープだからな」
そうですか、ヒュドラーの。それは素敵ですね。など答えられるはずがない。
カトリーヌは絶句してしまった。
ヒュドラーといえば、首を落としても復活し、毒息を吐くような恐ろしいモンスターだ。その血にももちろん、毒が含まれているだろう。スープから立ち上る湯気と、湯気にのって鼻孔に届く香りまで、自分の体を蝕む毒のように思えてくる。
反射的に手で口を抑えたカトリーヌは、質問状の第二項を思い出していた。
『2.生き血のスープは 好き・どちらかというと好き・生き血はワインが至高・どちらかというと嫌い・嫌い・その他』。
あれに、カトリーヌは何もチェックをつけずに返したのだった。
「生き血も、食べなれないものだったか?」
「え、えと、その……」
口ごもりながら、カトリーヌは考える。
魔族は恐ろしく、自分などはきっとつらい目に合わされると信じ込んでいた。
質問状にあった食材についても、最初は拒絶したくなった。
それでも、自分からも歩み寄ろうと、何でも食べてみようと、決意できたのは質問状から感じた不器用な優しさのお陰だ。
「フェリクス様、ひとつ教えていただきたいことがございます」
震える指先でスープ用のスプーンを手元に寄せながら、カトリーヌは王子に訊ねた。
「あの質問状を作ってくださったのは、フェリクス様ですか?」
「う、んん」
王子がおかしな咳払いをした。その顔はほのかに紅潮している。
「質問状は、フェリクス様が作ってくださったのですね……?」
確信を深めたカトリーヌがもう一度問うと、フェリクス王子は観念したようにため息をついた。
「その通りだ。改めて言われると恥ずかしいので、やめて欲しい」
「まあ……!」
なんて可愛い人なんだろう。なんて優しい人なんだろう。
なんて、真面目に、別の種族と婚姻するということを、考えてくれている人だろう。
「ありがとうございます、フェリクス様。スープ、いただきます」
微笑んで、スプーンを手に取る。カトリーヌは優雅に、スープを一口含んだ。
この人が、毒物など出すはずがない。そんな決意の一口だった。
カトリーヌは大きな瞬きをした。
それからすぐに、次の二口目、三口目とスープを食べ勧める。気付けばカトリーヌの手は止まらなくなっていた。
美味しい。
それが真っ先に浮かんだ感想だ。
細かい感想など考えられないほど、頭の中は「美味しい」だけに支配されていく。
次の一口、次の一口、次の……。あっという間に、カトリーヌの皿は空になっていた。
チェリーの一人が気を利かせて、おかわりの皿を運んできてくれる。
すかさずまた一口飲む。
「とっっっっても、美味しいですわ!」
早いペースで口にスプーンを運びつづける。
その様子を圧倒されたように眺めていたフェリクス王子だったが、二皿目を大変なペースで食べ進める様子を見て、ハッと我に返ったようだ。
言葉を選びながらカトリーヌに語りかけた。
「あー、カトリーヌ嬢。一旦、水を飲まれたほうが……」
彼女の分のカップを手に取り、差し出しながらフェリクスが言う。
「どうしてですかぁ?」
「いや、なんというか、ヒュドラーの血は大変に健康によくて、滋養きょうそ、ンン! その、血が多くなって元気になりすぎるというか……」
「あら、美味しい上に健康に良いなんてますます素晴らしいじゃないですか!」
フェリクスは小さく頭を振る。
「……とにかく、心配なので水を飲んでくれ」
「? 分かりました」
不思議そうな顔をしながら水を飲むカトリーヌと、それを見つめるフェリクス王子。
カトリーヌは水を飲み干して、ながく息を吐くと真面目な顔で王子に向き合った。
カトリーヌの目は完全にすわっていた。





