21話 婚姻の儀は「あ~ん」?
2024/10/10(本日!)発売日です。
『無才王女、魔王城に嫁入りする。 ~未来視の力が開花したので魔族領をお助けします!~』カドカワBOOKS様より発売。
よろしくお願いいたします。
「では」
と王子は、カトリーヌに教わった通りのナイフとフォークを手に取り、前菜の皿に向き合った。
白い皿の上には、プチプチとした小さな赤い実を野菜のようなものに載せた料理が、美しく盛り付けられている。
「フェリクス様、これは一体なんでしょう? この赤くてプチプチとしたものは」
カトリーヌが問う。王子は、自分の皿に盛られたそれをフォークで掬った。
「水ベリーです。水中になるベリーの一種ですね」
そう言って王子は、フォークに乗せた水ベリーをカトリーヌに見せる。
そのままフォークを差し出されて、カトリーヌは反射的に口を開けた。
水ベリーを口に含んだカトリーヌは、目を見張ってわなわなと震えだす。
「こ、これは……」
「どうした? 口に合わないか?」
動揺からか、王子の言葉が崩れた。震えるカトリーヌ王女の反応を、今や広間の全員が注視している。
「鼻に抜ける香りは、ベリーのような甘酸っぱさ。実の触感はぷちぷちと気持ちがいい。噛み締めていくと、魚の脂の部分みたいな旨味があります。もったりと絡みつくような濃厚な旨味です……ですわ!」
「う、うん」
突然饒舌に味の感想を述べ始めたカトリーヌの勢いに、王子は押され気味だ。
カトリーヌは緊張もマナーも忘れていた。
美味しい、という気持ちを目の前の相手に、伝えたくて仕方がないのだ。
「それは良かった。ではこちらも。茸は好きか?」
「ええ!」
フェリクス王子が続けて差し出すフォークを前に、またも素直に口を開けようとしたカトリーヌ。しかし、何かに気づいたように目を見開くと、あわてて口を閉じた。
「どうした?」
もうフェリクス王子は、すっかり素の言葉遣いになっていた。
そんな王子の変化に気付かず、カトリーヌは茸をまじまじと見つめて言った。
「こ、これ、足が生えております……なんですの……? ですわ。」
「ああ。歩き茸の幼生だ。見たことは無いか?」
「歩き茸⁉ それって、モンスターでは?」
「幼生だからまだ毒もないし、柔らかい。……ヒト族には食べられぬものだったか?」
フェリクス王子は、フォークを下げ、僅かにうつむいた。
「食べられます。……食べます!」
王子の落胆に気づいたカトリーヌは、意を決してそう宣言した。
フェリクス王子の手を掴んでフォークを口に運ぶ。
(これは茸……普通の茸……)
心の中で唱えながら歩き茸を噛みしめたカトリーヌは、唐突に、カッと目を見開いた。
ご令嬢らしさはすっかりと忘れてしまっている。
「普通の茸なんかじゃない!」
「⁉」
声を上げて王子の手を両手で掴んむ。突然のことに、王子は固まってしまった。
「あ、ごめんなさい。違うんです。すごい、今まで食べたどの茸よりも香り高くて、美味しくて、つい!」
「そうか、それならば、良かった……」
そう言って王子はカトリーヌの目を見つめた。
しばしの沈黙。手を取り合い見つめあう二人。おとぎ話なら背景に花が咲き乱れるだろう。
代わりに、部屋を半分ほど埋めるカーラ王妃の蔓がうれしげに大輪の花をどんどんと開かせた。
そんな甘い香り漂う沈黙を破ったのは、大広間じゅうから自然に湧き起こった拍手の音と歓声だ。
「へ? な、なんですか?」
突然の盛り上がりに、カトリーヌは王子の手を握りしめたまま周囲を見渡した。
(なにが起こってるの……?)
周りを見渡すと、王と王妃は嬉しそうに頷きあい、視界の端ではワゴンがぐるぐると走っている。
カトリーヌのもとに集まったチェリーが、口々にお祝いを言う。
広間にいるほかの面々も、泣き笑いの表情だ。
みんなが、自分を心から祝福してくれている。と分かった。
不安だらけ、一人きりでの輿入れだったけれど、魔王城のみんなが受け入れてくれているのが、嬉しい。
その時、またも心のなかに、『ぽわん』と暖かな風が吹く感覚があった。
(なんだろう、この『ぽわん』。幸せっていう感覚なのかしら? それにしても、どうして急にみんな盛り上がっ…………ん? あれ? これってもしかして……)
「い、いまの! 王子から食べ物を頂くのが、もしかして婚礼の儀だったのですか?」
広間の盛り上がりの理由にやっと思い当たったカトリーヌが、隣の席の王子に身を寄せて訊ねた。
「む。そうだが。貴女を騙すような真似だったか?」
「いえいえいえ! えっと、私も嬉しいです。みなさんに受け入れていただけて」
気づかないうちに婚姻の儀式が成立していて、急に周りが盛り上がったので驚きはした。
けれど、婚姻のために来たのだから不満があるはずがない。
それに、望まれてここに居る、という大きな幸福がカトリーヌを包んでいた。
「それならば良かった」
そう言ってフェリクス王子は、カトリーヌただ一人に向けて、たしかに微笑んだ。
万雷の拍手と歓声に包まれながらも、カトリーヌだけを見て。
カトリーヌも、その瞬間、フェリクス王子の声だけを聞いて、フェリクス王子だけに微笑みを返した。
胸の中には温かなものが生まれ続けている。全身に、力のようなものが巡っていく。
自分の内側に、温かな何かがあるのが分かる。それは決して悪くない感覚だった。





