時代は変わった チュートリアルも変わった
『お前が我の尻尾を切り落としてステーキにしてくれたのか! ……したのか? 本当に? お前が?』
えっ、このなんのオーラもなさそうなただの男が? えっ――我の尻尾、そんな、お前嘘だろ?
◆
少し歩いた。ほんとに少し。後ろの方、木を3本ほど過ごして、さっき居た場所に背を向けるようにして木に背中を預けた。
「寝起きにグロ画像はちょっとね……」
いや、起きた直後だったから良かった。意識はぼんやりしてるし、胃の中は空だったからセーフ。
しっかし、よく分からん事になってる。
家で寝て、起きたら森の中。目覚めたら目の前に緑色の肌をした二足歩行のクマだかブタが居て(いわゆるゴブリンのような)、そいつは今、さっきまで居た場所に真っ二つになって転がっている。
ゴブリンはなんでそんな事になったんだよ。
んで、俺はなんでこんな事になってんだよ。
よく分からん。夢だったら良かったな。でも、嗅いだことのない匂いが、眼の前から来たんだ。あの水音も。
寒気で背中が震え、鳥肌立つような感覚。
変な、始めての体験。
【初回閲覧のチュートリアルを再度参照しますか?】
「誰だ!?」
急な声。落ち着けていた腰を上げて上を見る。
頭上に響いてきた声の主を見上げると、地面と水平になってる天使のマスコットキャラみたいなのが居た。こわっ。なんなのぉー、何が起きてるんだよぉ。
◆
【初回閲覧のチュートリアルを再度参照しますか?】
「おんなじ事しか喋んないし、なんなんだこいつ」
先ほどの天使マスコットを手に、ブンブン振ったりしてみる。
ゆっくり眼前に降りてきたので触ってみたが、なんのリアクションも無し。シェイクしても無し。たまに、同じ言葉をしゃべってくるだけ。
いや、しゃべってもいないか。口の部分は真顔のような微笑んでるような。モナリザがそういう絵画だって話だが、こいつも同じ。穏やかに微笑んでいるようだし、真顔のようだし。ほんのり笑顔。
で、そいつが浮かんでは何かを訴えかけてくる。
チュートリアルってなんだよ、なんかのゲーム導入編かよ。
「よく分からんが、ハイだよハイ。もうなんでも良いから、説明してくれ!」
【要望確認。初回閲覧のチュートリアルを再度参照します】
というわけでチュートリアル。
なのだが、全然こっちの疑問に答えてくれない。
【戦闘方法を確定させましょう。なにか攻撃行動を実施してみてください】
そういう話じゃなくて、もうちょっと現状の話をして欲しいんだが。しかし始まったものは止められないらしい。
天使マスコットは自分の喋りたいことだけをベラベラしているだけ。
しかも、攻撃行動を実施してみてって言っておきながら、
【プレイヤーの動作により戦闘方法が確定しました。投擲をセットします】
こちらが何をしなくても、勝手に説明が続く。
投擲ってなにかしたっけ? と自分のこれまでの事を振り返る。
そういえばゴブリンがこっちに向かってくる時に、右手に持ってた何かをぶん投げたな。
どうやらその瞬間に俺の戦闘方法とやらが確定したらしい。
確定するとどうなる?
【チュートリアルを終了します】
なにも分からん。
なにこれ。チュートリアルって言って良いの?
情報が欠落してるんじゃないか?
「もう戦闘方法とやらは良いから、もっと今現状のことを教えてくれよ」
【要望確認。世界チュートリアルを開始しますか?】
「世界チュートリアル? いや、それより現状を――」
教えてくれよーと、天使マスコットをたかいたかいしながら話しかけていると、遠くから何かが近づいてくる気配があったので視線を向けた。
なんで気づいたんだろうと思ったが、すぐに分かった。
『お前は、下手人かぁぁぁあああああ!』
何かが聞こえてきているが、その声がドンドン大きくなってきてるからだ。
◆
とはいえ、この声もどこから響いてきてるのかが分からない。
なんか、近くの空間全体に響いてる感じなのだ。
そして、出来れば関わり合いになりたくない。いやだって、下手人とか言ってるの、怖くない?
「でも、ドンドン近づいてるってのが、恐ろしい。俺じゃないよね下手人」
いや、さっきのゴブリンがなんかしらで生き返って激怒してますって話なら、まぁ、その、下手人はたぶん俺です、ごめんね……。
『お前じゃなかったかぁ! すまぁぁぁあん! じゃあ、誰じゃこらぁ!』
こっわっ。なんだ、近くの公園にヤクザでもスポーンした?
えっ、近づいてくるの? この声の主が?
『おっ、なんか我の尻尾と同じ切断面なゴブリン発見! 本当に直線で飛んできていたか。となると、下手人は、このぉ、近くにぃ、居るぅ!』
えっ? ゴブリンの切断面? 同じ? 尻尾?
いや、そんな事考えてる場合じゃない。森に遮られて見づらかったけれど、いまはハッキリと見える。
あれ、ドラゴンだ。
◆
『人間、発、見!』
「 」
声も出ない。
ゴブリンを見つけたドラゴンは、翼の1羽ばたきでこちらの眼前に飛んできた。
身長の10倍ぐらいはありそうな木を軽くなぎ倒しながら、ドラゴンがその姿を表す。
ゴツゴツとした体表、左右に広がる翼で大きな影を作っている。相貌は、ゲームでよく見るような形だが、生々しい尖った歯や、足の大きな爪など、どれも規格外の大きさをしている。
車などとは違う、ミッチリと肉の詰まっている感じ。
というか、体温なのだろうか、近くにいるだけでジリジリと暑さを皮膚が感じる。
「あっ――、俺、死んだ?」
別に、彼はそうあろうとして、その場に居たわけではない。
近くのダンジョンに住まう者として、たまに周辺を見て回っては帰る。
ダンジョンを脅かすものが存在していれば、戻って仲間と共に討伐に出る。
そういうルーティーンの中で、たまたま歩いていただけ。
そうして彼は、森の中で光に出会う。
ゆっくり空から降りてくる光。それが遠くに見えた。
光は直ぐに森の高い木々に阻まれ見えなくなってしまった。そして、それが害を成すような感じも受けなかった。
そうだとして、一応見回り役としては確認しておくかと勤労意識を持って森の中へと分け入っていく。
十数分後。意外と移動したが、別になにも見つからなかった。光の降りていった先に向かっていくだけ。それでもその光そのものどころか、森の木々や動物以外の姿はなし。
普段の巡回ルートから外れすぎたし、そろそろ戻るか? 光の話を報告し、もう一度見に来てもいいし。そう考えていた彼は引き返そうとした瞬間に、風にゆらぐ草の音でもなく動物が誤って立てた音でもない、草の揺れる音を聞いた。
聞いてしまっては仕方ないと、眼の前の草むらをかき分けると、
木の根に体を預け、右手に人よりも大きな剣を持ち、ただ意識は朦朧としているのかこちらにしっかり視線を合わせられない、人間を発見した。




