最近のチュートリアル
目が覚めて、まだぼんやりとした思考の中で、眼の前に命を脅かす脅威がいたら、君はどうする?
◆
意外と睡眠の質が悪い。
寝ていても物音がしたり何かが動いたりする気配を察知すると、起きてしまうのだ。
よく日の出直ぐにベランダにくる鳩やら、夜中強くなった風雨の影響で目が覚めてしまうことがある。
今回もすっごい眠いのに意識が覚醒したので、またぞろオンボロアパートにねずみでも出たのかと思ったが、違った。
なんか、やけにまぶしい。部屋の電気は消して寝た覚えがあるのに、どういうことだ。
照明のリモコンを置いている場所に手を伸ばす。すると、帰ってきたのは全くもって部屋の中では感じれないような感触。
「……んぁ?」
2度、3度と手を動かしてもリモコンがない。というか、なんかやけにザラザラしてるし、不揃いのじゃがいもでも触ってるような感触があるだけ。あれ、サイドテーブルは?
目が開けられない。眠い眠い。
早く二度寝を決め込もとうより激しく手を動かした時だった。フッと、顔を撫でる風を感じる。
体が瞬時に硬直する。いくらボロアパートとは言え、風雨が入ってくることなんかは流石に無かった。
それでも一度だけ寝ている時に風を感じたことがある。泥棒が侵入しようと、ベランダの窓を明けたときだった。
その時はムニャムニャ寝言を言いながら起きたら、まぁまぁな音を立てて泥棒は逃げていった。
そして、こちらはその音を聞いて、ようやく事態を把握するに至ったのだ。
背筋が凍り、体から血の気が引いていき、冷や汗が止まらなくなった。体は無意識に震え、しばらくはベッドの上で、風に揺れるカーテンを眺めるだけだった。
どうやら明け方帰宅が多い時期だったので、泥棒が深夜には忍び込めると思ったらしい。
しかし蓋を開けてみれば、その日はたまたま仕事のシフトが変わったので、夕方には帰宅し、普通の人と同じ様な時間に寝ていたのだ。
それで、お互いが未知との遭遇になり、片方は逃げ、片方は恐怖に固まった。
というか、あの時の泥棒が、荒事も辞さないという人間だった場合……怖い想像だった。
その怖い想像がまた来たのかと、体が硬直した。が、2度目の体験だったので、硬直は一瞬。照明のリモコンを探っていた腕を止め、未だに開こうとしない目を強制的に広げる。
そこで、他の体の部位全てが動かせるようになった。金縛りみたいな状態で、思考と左腕だけ動かせていたらしい。視界が広がったタイミングで、意識も完全に覚醒したようだった。
――そうして、俺はとても綺麗な快晴の空の元、森にいることに気づいたのだ。
しかも、遠くには見たこともない、緑の肌をした何かが立っていた。
◆
はぁ? 何が起こってんだ、これ。なんで公園なんかで寝てるんだ? いや、こんなに木が乱立している場所、近くにはなかったぞ?
なんだ、飲みすぎて終点にたどり着き、どこかも分からない街をふらふら歩いて森の中にレッツゴーでもしたのか?
いや、飲んでなくない? 昨日、確かに家に帰ったはずだぞ?
2度目の体験でも、光景が信じられなさすぎてまた硬直した。
寝た後なんだから夜から昼になったっていい。良い過ぎてどっかの公園に迷い込んだって良い。
なんだあれ、どうなってんだ?
肌の色は緑で、姿形は90センチぐらいのクマみたいな、ブタみたいな姿。
はー、なんだこれ。ゲームや映画なら、ゴブリンと言うだろう。でも、実物見ると全然だ。迫力がある。実物見るとだ? なんの実物だ。ゴブリンのか? 体中が苔だらけのクマなんじゃないか。その方がよほどありそう。厚みがある。3Dって話じゃない。なんだろう、熱だろうか。熱量がある。その辺りの土や木なんかとは違う、生きている物全てが持つ、熱。心臓の鼓動と、そのポンプが運ぶ血液の流れ。
視線がかち合った、気がする。走ってきた。もう、10秒もすればこっちに来るんじゃないか?
えー、こっち来るの―。あんなので殴られたら死んじゃうよ。あんなので? ゴブリンが右手に持ってる丸太というか棍棒というかだ。横だろうが縦だろうが、体に当たったら終わりじゃない?
い――や、だ
反射した。
敵の疾走に、数秒だけ考えて、右手が動いた。
何かを持っていたのだ。
どういった物を持っていたのか不明。というかいつ持ったのかもよく分からん。
が、何かを持っていたので、投げた。
そうしたら、よく分からん事になった。
普通、投げたらどっか飛んでいくなり、標的に当たったりするだろう。
しない。しなかった。ゴブリンにぶつかって地面に落ちて、とかがなかった。
というか、どこ飛んでった? なんか棒のような物を投げた気はするが、どこにも落ちてない。
えっ、どうしよう。まだゴブリン走ってく、るぞ?
「ギギッ――」
始めて聞いた亜人の声が、断末魔だった。
こちらまで4歩手前、踏み出した右足が大地についたタイミングで、左半身が、前へズレた。
体の真ん中から、右と左に泣き別れ。走る勢いが付いていたのでまだこちらに向かってくるが、
ズシャ と水音を立てながら、足先にゴブリンが倒れ込んだ。
◆
『戦闘方法チュートリアルを終了します』
まったく頭に入ってこない。
何が起こった? 寝起き5分でこの所業。
気づいたことがある。
どこを見るとも見ずに視線を彷徨わせていると、見たくもないものを視界に入れないようにしていると、より遠く、雲が不自然に縦に割れていた。
ドラゴン
ある日、空を飛んでいたら、いきなり尻尾が吹っ飛んでいった。
『えぇ?』
痛みなんか一切ない。尻尾がスッと下に落ちていき、
『――あっ、ま、待て! 焼ける!』
尻尾の行き先が活火山の、マグマの中だった。
別に焼けたりしない。ドラゴンだから。皮膚とか鱗がマグマぐらいなら熱を通さない。
が、切断面は別だ。熱に強い肉ではないので、そこからは火が通る。
『わ、我の尻尾がドラゴンステーキにー!』
ギャーッ! と、炎を吐きながら、空を飛びながら器用に怒るドラゴン。
ジタバタ暴れ、マグマの中を見ながら、先っぽのない尻尾を見ながら、冷静になり。
『あっちから、なにか飛んできたよな?』
言いながらもドラゴンには、ほぼ見えてなかった。ただ、何かが通り過ぎていった気配を感じ取っていた。
空を飛ぶ動物だから分かった。ほんの僅か、大気が引っ張られた感触。
その感触で、
『何が、何を飛ばしたのか、確認せねば!』
方向を見定め、強く羽ばたいた。




