4話 夜の光への歩み
夜の光への歩み
重い玄関の扉を押し開けると、淀んだ室内の空気とは対照的な、夜の湿った冷気が頬を遠慮なく撫でた。久々に触れる外気は、皮膚を刺すような鋭さを持ってカズヤの感覚を呼び覚ます。
人目を避けるように、わざと街灯の光が届かない深い影を選び、壁際を這うようにして歩を進める。カツ、カツ、とアスファルトを叩くサンダルの乾いた音が、静まり返った深夜の住宅街に不気味なほど大きく反響した。その音一つ響くたびに、誰かに自分の存在を指し示しているような錯覚に陥り、カズヤは思わず肩をすくめて首を縮める。
視線の先にあるのは、暗闇を切り裂くように煌々と不自然なまでの白光を放つ、近くのコンビニエンスストアだった。
夜の静寂の中に浮かび上がるその光の輪は、まるですべてを暴き出す舞台照明のようにも見える。その眩しさの中に、手入れもされていない醜い今の自分がどう映し出されるのか。鏡さえ避けてきた彼にとって、それは耐え難い恐怖であった。
だが、その恐怖心よりも、内臓を直接掴まれるような空腹を満たしたいという、抗いがたい本能的な欲求が勝っていた。重い足取りのまま、一歩、また一歩と、逃げ場のない光の渦へとカズヤは吸い寄せられていく。
衝動の咆哮
そんななか突如、深夜の重苦しい静寂を無慈悲に切り裂くように、一人の女の子の助けを求める悲鳴がカズヤの鼓膜を鋭く叩いた。
反射的に視線を向けた先、街灯の光さえ届かない路地の人通りの少ない場所で、五人の歪な人影が一人の少女を執拗に囲んでいる。夜の深い闇には不釣り合いな、薄っすらと見える高校の制服着ている女の子の姿。街灯の反射で時折翻るスカートと、必死に身を守ろうと胸元で交差された細い腕が、弱々しく震えていた。
時折、数少ない通行人が視界の端を通り過ぎていくが、誰もがその異様な光景に気づかないふりを決め込む。まるで見えない壁があるかのように視線を逸らし、厄介な面倒ごとに関わって自分の日常を汚されるのを恐れるように、足早に闇の向こうへと溶けて消えていった。
いつも通りの自分なら、間違いなく足が竦み、奥歯を鳴らしながら視線を地面に落としていただろう。自分もまた、あの通行人たちと同じように、逃げるようにその場を去る卑怯者の一人でしかなかったはずだ。
だが、その瞬間のカズヤの胸の奥底には、自分でも制御しきれないほどに熱く、煮え滾る(たぎる)ような何かが猛烈に込み上げていた。親を亡くし、祖父を失い、必死に掴んだ夢さえも無残に砕かれ、ただ死を待つように無為に生きている今の自分。
泥を啜るような惨めな毎日の中で、たった一度でいい。こんな自分でも誰かの、この震えている少女の役に立てるという証明を、自分を拒絶し続けるこの世界に、そして何より、自分という存在そのものに、剥き出しの事実として突きつけたかった。
鈍色の抵抗
カズヤは、鉛のように重い体を必死に揺らし、少女の細い腕を無遠慮に掴み上げる男たちの間に、割り込むようにして立ち塞がった。
「その子が……嫌がってるだろ……! 離せよ!」
腹の底から絞り出した咆哮は、夜の静寂を震わせ、自分でも驚くほど大きく響き渡った。けれど、虚勢を張る指先は情けなく震え、喉の奥は砂を噛んだように乾ききっている。
「はぁ? なんだよ、お前はよ!? 可愛い女の子をただ楽しく誘ってるだけだろ。余計な邪魔すんなよ、このくそデブ! 見てるだけでキモいんだよ、お前!」
中心にいた男が、剥き出しの不快感を顔に張り付かせ、唾を吐き捨てるように言い放った。嘲笑を含んだその罵声は、かつて学校の教室で浴びせられ、心を切り刻んできたものと同じ、冷酷な毒を孕んでいた。男たちは怯む様子など微塵も見せず、むしろ獲物を見つけた獣のような目で、壁のように厚いカズヤの体躯へと一斉に詰め寄ってくる。
ドスッ、という湿った鈍い音と共に、カズヤの突き出た腹部へ強烈な蹴りがめり込んだ。内臓が容赦なく押し上げられるような、吐き気を伴う鈍い衝撃と激痛が全身を駆け抜ける。そのあまりの衝撃に、視界がチカチカと白く眩んだ。
膝が折れそうになるのを、カズヤは奥歯が砕けんばかりに噛み締めて耐えた。しかし、暴力の嵐は止まない。横腹を、背中を、剥き出しの二の腕を、幾重もの拳と靴底が容赦なく叩きつける。
「おいおい、動かねえぞこのデブ! サンドバッグに丁度いいな!」
笑い声と共に振り下ろされる拳の感触が、肉の厚みを突き抜けて芯にまで響く。カズヤはただ、背後にいる少女にその火の粉が飛ばないよう、丸めた背中で雨のような暴力を受け止め続けた。鈍い打撃音が響くたびに意識が遠のき、口の中に鉄の味が広がっていく。どれほど殴られ、蹴られても、彼はその場から一歩も退こうとはしなかった。




