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キモデブと、琥珀色の守護天使  作者: あるふぁ


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38話 勘違いの境界線

朝陽の儀式と、小さな勝利


「寝ている女の子にキスは……流石にダメだろ……」


 カズヤが困り果てたように呟くと、レナは手にしたお玉を握りしめ、あからさまに潤んだ瞳でこちらを振り返った。


「うぅ……昨日とお話が違います……。仲良しだから良いと、カズヤくんが言っていたのですけれど……。本当は、イヤだったのですね」


「イヤだった訳じゃない……けどさ……」


 カズヤが必死に言い訳を並べていると、レナがおもむろに歩み寄ってきた。

 彼女はぐいっと背伸びをしてカズヤのシャツの胸元を小さく掴むと、恥ずかしそうに、けれど断固とした意志を持って、陶器のように白い頬を差し出した。


「イヤじゃないのですよね。では、おはようの挨拶をキスでお願いします♪ 早くしないと……せっかくのお料理が焦げちゃいますよ?」


 レナの潤んだ瞳が、至近距離でカズヤを射抜く。

 もう逃げ場はなかった。カズヤは観念して、震える手でレナの華奢な肩をそっと支えた。ゆっくりと顔を近づけると、レナの甘いシャンプーの髪の香りと、朝の瑞々しい肌の匂いが鼻腔をくすぐる。


「……ちゅ」


 カズヤの唇が、レナのスベスベとした柔らかな頬に触れた。

 吸い付くような肌の感触に、カズヤの心臓は今日一番の激しい鼓動を打つ。


「んふふ、やったぁ……!」


 レナは弾かれるようにカズヤに背を向け、コンロの前へと戻った。

 小さな声で呟きながら、胸の前で可愛らしく拳を握りしめる彼女の背中からは、隠しきれない喜びが溢れ出している。


「さぁ、カズヤくん! 最高の朝ごはんにしましょうね♪」


 カズヤは赤くなった顔を隠すように食卓へと座り、キッチンで軽やかに鼻歌を歌う彼女の姿を、呆れながらも温かな気持ちで見つめていた。



勘違いの境界線


「デブな俺にキスを求めて来るなんて……レナは変わってるよな……」


 カズヤは、キッチンで弾むように動くレナの後ろ姿を見つめ、自嘲気味に呟いた。だが、その独り言は静かなリビングに思いのほか響き、レナが勢いよく振り向いた。


「人は外見や容姿ではありません! 外見だけで好きになったとしても、お付き合いをして長続きするわけがありませんし。カズヤくんは、その、えっと……とっても素敵な方ですよ。それに、これは朝の挨拶ですから……っ」


 レナは少しだけ怒ったように、けれど必死にカズヤを肯定した。その瞳はどこまでも真剣で、淀みがない。


「そ、そうだったよな。ありがと……レナ。それにしても、昨夜は無防備すぎだったぞ……。あんな姿、他の男子に見せたら危ないからな」


「それは……仕方ないじゃないですか。眠かったのですから……。それに、前にも言いましたけれど、わたしには男子のお友達はいませんし、作る予定もありません。ああいう姿を見せるつもりも、ありませんから……。うぅぅ、カズヤくん、出来たお料理を運ぶのを手伝ってくれませんか?」


 レナは恥ずかしさを誤魔化すように、トレイに乗せた皿をカズヤに差し出した。


「それなら……いいんだけど。ああ、手伝うよ。朝食、ありがとな」


「夕食の残り物と、お味噌汁とベーコンエッグ……ですけれど。えへへ」


 トレイを受け取る際、指先がレナの手に触れる。

 カズヤは、湯気を立てる美味しそうな朝食を見つめながら、必死に自分を律していた。


 (……ヤバいな。嬉しすぎて……今のタイミングで、感謝のキスを返しそうになった。レナが俺に接してくる距離が近すぎて、まるで彼女が俺に好意を抱いてると勘違いしてしまいそうだ……!)


 あくまで「命の恩人」への献身。そう言い聞かせなければ、心が持たない。カズヤは赤くなった顔を伏せ、豪華な朝食が並ぶテーブルへと急いだ。



孤独の癖と、琥珀の不満


 朝食を終えた二人は、リビングのソファーに並んで腰を下ろしていた。

 ふと気づけば、レナは当然のように肩が触れ合う距離まで密着し、柔らかな体温をカズヤに預けている。


「今日は、どうしましょうか? 夏休みが始まったばかりですよ♪」


 レナがニコッと花が咲くような笑顔を向け、琥珀色の瞳を潤ませて見上げてきた。不登校だったカズヤにとって、学校がない日はただの空白だったが、彼女にとっては輝かしい自由時間の始まりなのだ。


「コンビニでも行くか?」


 カズヤは、ふと思いついた行き先を口にした。


「……え、何を買うのですか?」


 レナは不思議そうに首を傾げた。お嬢様の彼女にとって、コンビニは目的なく立ち寄る場所ではないのかもしれない。


「え、なんとなくというか……癖になっているのかもな。毎日、コンビニ弁当を買っていた時期もあったから。最近はレトルトをまとめ買いして、家を出る回数を減らしていたんだけど……」


 それを聞いた瞬間、レナの表情から笑顔が消え、あからさまに不満そうな顔になった。

 彼女はギュッとカズヤの腕を掴むと、少しだけ尖らせた唇を寄せてくる。


「カズヤくん……レトルトやコンビニ弁当は、もう禁止です。わたしが、朝も昼も夜も、カズヤくんの体に良いものをたくさん作りますから」


「いや、流石にそこまでしてもらうのは悪いし……」


「ダメです。わたしの作るお料理じゃ、不満ですか……?」


 レナは悲しそうに視線を伏せ、掴んだ腕に力を込めた。孤独を埋めるためにコンビニへ通っていたカズヤの過去を、彼女はその優しさですべて塗り替えようとしていた。

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