37話 淡いピンクの夜の約束
映画の向こう側の体温
映画が始まって間もないというのに、レナの視線は画面ではなく、隣に座るカズヤへと向けられていた。暗がりのなかで、彼女の琥珀色の瞳が熱を持ったようにチラチラと動く。
「れ、レナ……どうした?」
「ひゃぁ……え、えっと……カズヤくんに、寄り掛かりたいなぁ……なんて、思ってしまいまして」
「俺で良かったら、遠慮せずに好きにしてくれていいけど。……嫌じゃないから」
カズヤが不器用に許可を出すと、レナの表情がパッと華やいだ。
「んふふ、やったぁー♪ えいっ」
寄り掛かる程度かと思っていたカズヤの予想に反し、レナは流れるような動きでカズヤの膝に頭を乗せた。柔らかな髪が太ももに広がり、彼女の重みが心地よく伝わってくる。
カズヤはソファーの背に掛けられていたブランケットを手に取り、冷えないようにそっと彼女の体に掛けた。
「んん……ありがと。……カズヤくん」
レナは照れ隠しのように、カズヤの手首を小さな両手でぎゅっと掴んだ。そしてそのまま、握った彼の腕を自分の頬へと引き寄せ、愛おしそうに押し当てる。
「レナの頬は……柔らかくて好きだな……」
「カズヤくんの腕も、ぷにぷにしているじゃないですか。……わたし、好きですよ」
レナが幸せそうに目を細め、腕に何度も頬ずりをしてくる。
吸い付くような肌の感触、甘い香りの吐息、そして信頼しきった彼女の体温。カズヤの顔は沸騰したように赤く染まり、視線のやり場に困って泳ぎ続けた。
結局、二人の意識は画面の中の可愛い動物たちには全く向かず、ただただお互いの存在にソワソワと照れ合いながら、過ぎゆく贅沢な時間を噛み締めていた。
淡いピンクの夜の約束
しばらくすると、膝の上からスヤスヤと規則正しい寝息が聞こえてきた。
画面の中ではアニメのキャラクターが賑やかに動いているが、レナの意識はすでに夢の中へと溶け出しているようだった。
「レナ……ここで寝ると風邪を引くぞ」
「んー……むにゃむにゃ……」
「レナの部屋に入るけど、いいか?」
「んー……」
「抱きかかえるけど……悲鳴を上げたり暴れたりするなよ。落ちたら危ないから」
「んー……」
生返事を繰り返す彼女の首筋と膝裏に、カズヤはそっと腕を差し入れた。
ゆっくりと力を込めて抱き上げると、レナは驚くほど軽かった。腕の中に収まった体は驚くほど温かく、そして柔らかい。そこから漂う優しい花の香りが、カズヤの理性を揺さぶる。
慎重に階段を上がり、二階へ。「レナ」と可愛らしくデザインされたネームプレートが掛かった扉を、カズヤは肩で押し開けた。
そこは、淡いピンクと白を基調にした、いかにもお嬢様らしい清潔感と可愛らしさに満ちたレナの良い香りが漂う部屋だった。
カズヤは天蓋付きの豪華なベッドに彼女をそっと降ろそうとした。その時、眠っていたはずのレナの指先が、カズヤのシャツの襟元をぎゅっと引き寄せた。
驚きで顔を近づける形になったカズヤの頬に、ふわりと柔らかな感触が触れる。
「ちゅっ」
静まり返った部屋に、小さく、けれど甘い音が響いた。
「……ありがと……おやすみ……カズヤ、くん……」
レナは満足げに口元を綻ばせると、今度こそ深い眠りに落ちたように力を抜いた。
残されたカズヤは、頬に残る熱と、自分の名前を呼ぶ愛おしい残響に、しばらくの間その場から動くことができなかった。
朝霧のキッチンと、期待の余韻
翌朝。カズヤが目を覚ますと、リビングの方から食欲をそそる香ばしい香りが漂ってきた。
キッチンでは、レナがエプロン姿で忙しなく立ち働いている。朝陽を浴びて透き通るような琥珀色の髪が、彼女の動きに合わせてさらさらと揺れていた。
「レナ、おはよ」
「お、おはようございます……カズヤくん。昨日は、お部屋まで運んでいただいたようで……。傷のことを失念していました。大丈夫でしたか?」
レナは手を止め、少し申し訳なさそうにカズヤを見つめた。
「傷は何も問題なかったよ。それと、一応体に触ることや部屋に入ることは確認を取ったつもりだけど……レナの記憶も曖昧だろうし、嫌がられるかと思ったけど。あのままだと風邪を引くから、放っておけなくて」
「そのことは全く問題ないのですけれど……。あの、お休みのキスをした記憶はあるのですけれど。カズヤくんは、わたしにお休みのキスは……してくれたのですか?」
レナは期待を込めた眼差しで、じっとカズヤの唇を見つめてくる。
(そっちかよ……。寝ているレナにキスなんてしたら、それこそ大ごとになるだろ。襲ったとか思われてもおかしくないし……)
カズヤは彼女のあまりに無防備な問いかけに、思わず視線を泳がせた。
「いや……流石に寝てる相手にはできないだろ。男として……その、理性が持たないっていうか」
「むぅ……。わたしはされても良かったのに。カズヤくん、真面目すぎますよ……」
レナは不満げに頬を膨らませると、ぷいっと顔を背けて味噌汁の味見を始めた。だが、その耳たぶが隠しきれずに赤く染まっているのを、カズヤは見逃さなかった。




