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キモデブと、琥珀色の守護天使  作者: あるふぁ


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35話 湯煙の中のサプライズ

湯煙の中のサプライズ


 新築された邸宅の風呂は、カズヤの家のそれとは比べものにならないほど広く、贅沢な造りだった。


 さっそく掛け湯をしてから丁寧に頭を洗い、全身を泡で包み込み始めたとき――。すりガラスの向こう、脱衣所に誰かが入ってきた気配を感じた。


「もう少し待ってくれ。今、体を洗ってるところだから」


 カズヤが脱衣所の方へ向かって声を張った。しかし、返事の代わりに聞こえてきたのは、ガラガラという軽快な扉の開閉音だった。


「んふふ、丁度いいタイミングでしたね。お背中を洗いに来ましたよ」


 心臓が跳ね上がった。けれど、恐る恐る振り返ったカズヤの視界に入ったのは、ハーフパンツに可愛らしいTシャツ姿のレナだった。彼女は手に身体洗い用のスポンジを持ち、いたずらっぽく微笑んでいる。


「……俺がちゃんと隠してなかったら、どうするつもりだったんだよ」


「ひゃぁ……っ。すみません……サプライズをして、相沢くんに喜んでいただこうと思ったのですけれど。……気付かれていたのですね」


「嬉しいから良いんだけど。……ただ、お互いに恥ずかしいだろ?」


「明日からは、ちゃんと気を付けます……」


「え、明日もやるのか?」


 聞き返すと、レナは当然だと言わんばかりに胸を張り、頬を赤く染めながら答えた。


「はい。相沢くんのお背中を洗えるなんて、わたし、とっても嬉しいですし。相沢くんも嬉しいというのであれば、お互いに幸せなのですから……いいですよね♪」


「……はい。お願いします……」


 もはや彼女の献身と無邪気な熱意を断る術を、カズヤは持っていなかった。

 温かな湯煙が立ち込める中、レナが手にしたスポンジの柔らかな感触が、カズヤの広い背中にそっと触れた。



背中越しの約束


「はい。お願いされましたぁ。大きなお背中ですね……えいっ」


 レナが弾んだ声を上げ、カズヤの背中を指先でツンと突いた。


「ちょ……くすぐったいって……」


「えへへ。相沢くん……くすぐりに弱いのですね、んふふ……」


 彼女は何か悪巧みでもしているかのような、愉しげな笑みを浮かべる。


「その笑い方……本当にダメだからな。隠してあるものが見えちゃうかもしれないし、綾瀬さんにお湯がかかったら危ないだろ?」


「むぅ……はぁい」


 レナは少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、すぐに真剣な表情に戻ると、泡立てたスポンジでカズヤの広い背中を丁寧に、慈しむように洗い始めた。


 普段は寡黙なカズヤだったが、彼女とのあまりに親密な空気に、つい口が滑った。


「次は、俺が綾瀬さんの背中を洗いに来ようか?」


「はい。……ふぇっ!? だめ、ダメですよぅ……! 恥ずかしいですし、そんな……うぅーっ」


 レナは顔を真っ赤にして、持っていたスポンジを落としそうになるほど激しく動揺した。


「冗談だってば。……ちゃんと、大人しくリビングで待ってるから」


「ホントですか……? 覗くのも、絶対ダメですからね……」


「映画でも見て待ってるよ」


 カズヤが苦笑しながらなだめると、レナは少しだけ考え込み、それから消え入りそうな声で呟いた。


「……それ、ちょっと待っていてください。わたしも一緒に見たいですから……。すぐ、すぐに出てきますから」


 彼女の言葉には、一時もカズヤと離れたくないという切実な想いが滲んでいた。カズヤは背中に残る彼女の指先の熱を感じながら、湯船へと身を沈めた。



スマートフォンの秘め事


「それじゃ……何かして待ってるよ」


「……えっと、相沢くんが入院した時に動画を撮ったのを送りますから、それを見て待っていてください♪」


「ああ、そういえば一緒に撮ったな……。俺、自分の姿を見るのは初めてだ」


 お風呂をレナと交代し、カズヤはリビングのソファーへと腰を下ろした。

 用意されていたのは、パジャマというよりはお揃いの部屋着だった。無地の色違いのTシャツに、動きやすいハーフパンツ。同じ肌触りの布地に包まれているというだけで、独り身の長かったカズヤにはどこか落ち着かない。


 ほどなくして、スマホに数本の動画ファイルが送られてきた。

 画面の中には、慣れない自撮りに戸惑う自分の顔や、それを見て楽しそうに笑うレナ、二人で病院の食事を囲んで他愛もない会話をしている光景が映し出されていた。


(俺……こんなに笑ってたんだな。レナといる時は……)


 自分の表情の柔らかさに驚きながら、最後の動画を再生した。

 それは、どうやら見てはいけない類のものだった。


 撮影されたのは入院最終日の夜。寝息を立てるカズヤの寝顔が画面いっぱいに映し出されている。

「ふふっ」と、声を押し殺したレナの愛らしい笑い声。画面に伸びた彼女の指先が、カズヤの頬をいたずらっぽく突っついている。


 そして、最後だった。


「カズヤくん……おやすみなさい」


 耳元で囁くような優しい響き。

 直後、画面の向こうのレナが顔を寄せ、カズヤの頬にそっと唇を寄せた。


 『ちゅ』


 小さな、けれど確かな音が部屋に響き、そこで動画は途切れた。


(……え? 今のは何だ? ドッキリか……? いや、それにしては本気すぎるというか……。これは事実なのか、現実なのか?)


 カズヤは固まったまま、暗転した画面を凝視した。

 レナの意図が読めない。いや、そもそもこれは誤爆——送るつもりのなかった「自分だけの宝物」だったのではないだろうか。


(スルーしておこう。そう、スルーだ。あれは……挨拶代わりの、深い意味のないおまじないみたいなものだ。そうだ、そうに違いない……!)


 カズヤは必死に自分に言い聞かせ、爆発しそうな鼓動を静めるために、冷たくなった水を一気に飲み干した。

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