27話 境界線のない家
境界線のない家
車は、カズヤの知っている「隣のアパート跡地」に建った、白亜の邸宅の駐車場に滑り込んだ。
運転手にドアを開けられ、外へ出たカズヤは、思わず息を呑んだ。
自分の古びた平屋が、隣に建ったモダンな豪邸に飲み込まれそうなほどの存在感を放っているのも驚きだったが、何より目を疑ったのは、二つの建物の接合部だった。
「綾瀬さん……これ、家同士が繋がっているように見えるんですけど……?」
カズヤの言葉通り、二つの家を繋ぐように渡り廊下のような構造が増築され、物理的に一軒の巨大な邸宅のように連結されていた。
「はい。いつでも相沢くんのお世話ができるようにと……。ダメでしたか?」
レナは小首を傾げ、純粋な善意に満ちた琥珀色の潤んだ瞳でカズヤを見上げた。
「いや、ダメというか……扉や鍵は、ちゃんと閉まるんだよな?」
「え、必要でしたか? いざという時に入れなくなると困るので、付けていませんけれど……」
「ん……。俺は気にしないけど、綾瀬さんはもう少し気にした方が良いと思うぞ。女の子なんだし」
「わたしが指示をしたことですし、わたしも気にしませんよ」
レナは事も無げに言い切り、カズヤを促して新居(?)の方へと歩き出した。カズヤはなおも食い下がる。
「でも、寝てる時とか、お風呂に入ってる時とかは……不用心すぎだろ」
「それ、もう……病院で話したじゃないですか。現に、昨日だって何も起きなかったじゃないですか……」
レナは少しだけ呆れたように、けれど確固たる信頼を込めてカズヤを見つめた。その琥珀色の瞳には、自分を救ってくれた「ヒーロー」への絶対的な安心感が宿っていた。
(綾瀬さん……無警戒すぎるだろ。……まあ、これだけのお金持ちなんだ。きっと他にも拠点があって、滅多にこの家にはいないんだろうけど……)
カズヤはそう自分に言い聞かせ、動揺する心を無理やり鎮めようとした。しかし、この「連結された家」が、単なる療養のためだけではないことを、彼はまだ知る由もなかった。
運命の寝室
「家に入りましょうか」
レナは当然のような顔をして、カズヤの大きな手を自分の小さな手で包み込むと、新築されたばかりの邸宅の方へと引き寄せた。
「俺の家……あっち、向こう側だけど」
カズヤは自分の古い家の方を指差したが、レナは歩みを止めず、柔らかな笑みを浮かべたまま答えた。
「あちらには相沢くんがゆっくり横になれるような大きなベッドがありませんでしたから。こちらに、相沢くん専用の寝室を新しく作ってあります。今日からはこちらでお休みくださいね」
「……は、はい」
これ以上の抵抗は無意味だと悟り、カズヤは重い溜息とともに諦めた。流れるように玄関の扉が開かれ、高級ホテルのような静謐な空間へと招き入れられる。
案内された部屋の扉が開くと、そこにはカズヤのこれまでの生活からは想像もつかない、広々とした空間が広がっていた。部屋の中央には、見たこともないほど厚みのある、ふかふかのキングサイズベッドが鎮座している。
「さあ、まだ退院したばかりなのですから、無理をせずに。まずは、少し横になっていてください」
レナは甲斐甲斐しくカズヤの肩に手を添え、ゆっくりとベッドへと誘導する。シーツからは、あの病院の夜に嗅いだ、彼女と同じ甘い香りが微かに漂っていた。
(……自分の家なのに、完全に支配されてる気がする……)
カズヤは高級な寝具の感触に背中を沈めながら、天井を見上げた。隣の部屋からは、すでにキッチンで何かを準備し始めたレナの、楽しげな足音が聞こえてくる。




