28話 柔らかな幸福、甘い重み
琥珀の休息、重なる距離
「相沢くん、休まれますか? 多少動いていたほうが治りが良いと先生も仰っていましたし、ソファーに座って寛いでいますか?」
レナがリビングの方を指差した。カズヤは促されるまま、体に吸い付くような上質な本革のソファーへと腰を下ろす。
「……良いのか? 俺なんかを家に入れちゃって」
「んふふ。入れちゃってもって……相沢くんのお家と繋がっていますけれど……? 繋がっているので……相沢くんの、お家ともいえますよ」
レナは楽しそうに笑いながら、カズヤが座ったすぐ隣に、待ってましたと言わんばかりにちょこんと腰掛けた。触れ合うほどではないが、彼女の体温が伝わってきそうな距離だ。
「どうしましょうか? 映画でも見ますか? 普段はどんな映画を見られるのですか?」
レナは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、質問を浴びせてくる。その距離の近さに、カズヤは思わずのけぞりそうになった。
「俺は……何でも見るよ。綾瀬さんは?」
あまりの勢いに、カズヤは慌てて答えを返す。
「わたしは、普段はあまり見る暇はないのですけれど……。可愛いアニメを見て癒されていますね」
「……暇がないって、俺なんかに構っている暇なんてないんじゃないのか? お金持ちだし、いろいろ忙しいんだろ?」
ふと、カズヤは現実的な疑問を口にした。しかし、レナは一瞬だけ視線を泳がせ、何かをごまかすように微笑んだ。
「あぁ、それ……必要なくなりましたから大丈夫です。……いえ、その……違います。習い事から逃げ出すほど……嫌だったのだと両親が理解してくれまして。習い事を全部、やめさせてもらったんです」
「綾瀬さんと両親が認めているなら良いんだけど。……後で、怖いお父さんたちが俺のところに怒鳴り込んでくることはないよな?」
カズヤが冗談めかして、けれど半分は本気で心配すると、レナは力強く頷いた。
「それは、絶対にありません。正式に許可をもらいましたから。……これからは、たっぷり相沢くんのために時間を使えますよ」
「……そ、そうか」
彼女が何を引き換えにしてこの「時間」を手に入れたのか、カズヤにはまだ計り知れなかった。ただ、アニメの話をしながら屈託なく笑う彼女の横顔を見ていると、今はただ、この静かな時間を壊したくないと願うばかりだった。
柔らかな幸福、甘い重み
並んで話をしていると、レナの体温が少しずつ、けれど確実に近づいてくるのを感じていた。カズヤが気づいたときには、二人の肩はすでに密着し、彼女の細い肩の感触がダイレクトに伝わってきた。
「あ、ごめん……近づきすぎてた」
「え、ホントですね……。でも相沢くん、柔らかくて気持ちいいです。んふふ♪」
レナは離れるどころか、さらに深くカズヤへと寄り掛かってきた。彼女の重みが、ゆっくりとカズヤの腕から脇腹へと預けられていく。
「本当はやることがいっぱいありますけれど……こうしていると、なんだかやる気が起きなくなってしまいますね」
「退院したばかりだし、色々と忙しかったからな。今日くらい休みにしたらいいと思うよ」
カズヤの不器用な気遣いに、レナは満足げに目を細めた。
「……そうですかね? んふふ、そうしちゃいましょう! 夕飯は……自宅に頼んじゃいますね」
「え? 普通、こういう時はデリバリーじゃ……!? 自宅に頼むんだ?」
「は、はい。栄養もしっかり考えられていますし……自宅なので無料ですよ♪」
(無料では……ないと思う。それはご両親が雇ってるプロの仕事だよね……)
レナがスマホを操作し始めると、彼女は完全に安心しきった様子でカズヤに体を預けてきた。彼女の長い髪が、カズヤの腕にさらさらと触れ、くすぐったいような、それでいて胸が締め付けられるような感覚を呼び起こす。
「頼み終わりましたよ。……わぁ、寄り掛かっていましたね。すみません……」
「俺は気にしてないって。別に、重くもないし」
「……ホントですか? 気にしないですか?」
「全然……気にしてないけど」
「……えいっ」
レナは小さな、鈴を転がすような可愛い声を上げると、腕だけではなく、カズヤの厚い胸板に頭をぎゅっと押し付けるようにして寄り掛かってきた。
「ぷにぷにですぅ~……。すごく、気持ち良いです♪」
今まで「太っている」と散々バカにされ、コンプレックスでしかなかった自分の体型。けれど、目の前の美少女がこうして幸せそうに頬を寄せてくれるのを見て、カズヤは人生で初めて、この身体で良かったと、心からの感謝を捧げていた。




